ほりみかさんからバトンを受け取りました、劇団きまぐれの長縄都至子です。
ほりさんとは「堀美夏」の時からお知り合いで、「アニーよ銃をとれ」というミュージカルでは共演した思い出があります。共演というか、あの頃はぺーぺーでしたから一緒に出てたって感じ。昭和の時代の話です。(この舞台ではいろんな出会いがあり、いろんな意味で衝撃的だったのですが長くなるので割愛します。)
あれから幾年月、平成15年にほりみか演出Mカンパニーの公演に声をかけていただきまして、初めてがっつりとお芝居をしました。難解な本と格闘した日々、たのしかったし、私は眩しく彼女を見ていました。だってミュージカル、ストレートプレイ、リーディングなんでも演出できる、振付のできる女性演出家って名古屋にほかにいます?Mカンパニーを主宰して若手も育成しているし、この若手がまた粒揃い。ファッションだっていつも攻めてます。適当なもの着ている自分を反省したもんです。そしてこんなだらしない私を「THE女優」なんて評価してくだすぁり、恐縮です。そのうえ質問が「美の秘訣」って、あーた・・・。
「美の秘訣」?
美って言葉を普段あまり使わないのでちょっとひっかかる言葉ではあってそして記憶の底から浮かびあがってきたのが昔読んだブルトンの『ナジャ』の「美は痙攣的である・・・云々」ってフレーズ。もちろん当時何じゃそりゃ?でどういうことか理解できなくて、深く物事を追求するタイプでないので長いこと放置しておりましたがこのたびこのご質問に頭を捻っておりましたらふと浮上したこの言葉にリンクしてフラッシュバックされた体験を披露します。
昔3回で投げ出した裏千家の稽古を再開して数年たちましたある大寄せの茶会でのこと、ここで「お運び」なるウエイトレス的な仕事をしていた昼下がり、あるお客様のひとりが茶会を主催する師匠のもとへごあいさつのために「水屋」といわれるバックヤードをのぞかれたことがありました。芝居の合間に楽屋見舞いにいっらっしゃる的なことです。師匠は料亭の広間に隣接する畳の廊下に急ごしらえに設えた狭い水屋を正座のまま「まあまあ」と小さく感嘆の声をあげながらにじり、お客様にごあいさつをされ、お見舞いを受け取られ、記念の粗品をお渡しになりました。その一連の所作の美しいこと!なぜか涙がこみ上げてきました。なんだ?
なんでこんなところで泣く、わたし。病んでいるのか?恥ずい。窓の外は手入れされた中庭が広がり反対側の襖の向こうは茶席の広間。そのいわば劇場空間を支える舞台袖のような狭くひしめきあったそれでいて緊張感のある、(多分本能的に好きな)空間で師匠にとっては日常的な動作であったと思いますが、打たれたのです。伝統か蓄積かわびさびかカテキン効果かまたは母性だったか。
しかしこの意味不な落涙は痙攣的なものと理解しました。
で、これを私にとって美と定義して、秘訣となると私が残りの人生どんなに頑張って稽古しても師匠の足元にもおよばないでしょうから、その美が身に着く見込みもなく、それはただもう仰ぎ見るしかないです。
回答になっているのかどうかよくわからないので、さっさと次にバトンをお渡しします。
俳優で演出家の多田木亮佑さん。尊敬する演劇の先輩のひとりです。昨年11月「これはあなたのもの」という多田木さん演出の芝居に出演させていただきました。これはユダヤ系アメリカ人のノーベル化学賞受賞者ロアルド・ホフマンの自伝的戯曲というナチスの迫害から逃れた家族が今も悩む重いテーマの作品。普段は飄々とした多田木さんですが現場では制作・演出・主演をこなし凄い人です。作者のホフマン先生も来日観劇して多田木さんを絶賛され、この芝居に関われてよかったと感じました。
そおいえば多田木さんも「アニーよ・・・」が出会いでした。
多田木さんに質問は、芝居以外趣味ありますか?お休みありますか?お休みの日はなにしてるんですか?
素朴な疑問です。
最後に活動予定ですが、出演予定は今のところありません。
敦賀市の市民こどもミュージカル「笛吹天狗」の戯曲を書きました。9月に上演の予定です。
劇団きまぐれの公演をそろそろやろうかなと思ってます。
では多田木さんよろしくお願いします。
ありがとうございました。