shelf『GHOSTS-COMPOSITION/IBSEN』(イプセン著「幽霊」より)

160919

shelf『GHOSTS-COMPOSITION/IBSEN』(イプセン著「幽霊」より)にメール取材をさせて頂きました。

これまでにも日本国内にて継続的に公演を続けて来られた団体ですが、ここ数年で海外進出とそれに伴う評価を得て、今回名古屋でその作品を再演することになりました。

舞台でありながら、まるでひとつの美術作品のようなshelfの作品、お勧めです。

●矢野靖人さん(構成・演出)の話

――shelf初の海外公演での作品ということですが、今作を作ることになったきっかけや、この戯曲を選ばれた理由を教えてください。

矢野靖人さん(以下矢野):「GHOSTS-COMPOSITION/IBSEN」(イプセン著「幽霊」より)は、副題にある通りノルウェーの劇作家、ヘンリック・イプセンの代表作「幽霊」を中心に彼の他の戯曲なども参照しつつ構成した作品です。
話はずいぶんと遡るのですが、10年前、2006年にshelfで初めて七ツ寺共同スタジオ公演を行った際に制作したのが初演でした。この年はちょうどイプセン没後100年ということもあり、世界的にイプセン・イヤーということで国内外の各所でイプセン関連企画が開催されていました。その後、shelfでは現在に至るまで、都合5作品イプセンの戯曲を手掛けているのですが、いろいろなご縁があって、イプセンの生国であるノルウェーで隔年開催されている国際イプセン・フェスティバルに、2014年、shelf作品を招聘して貰えるという名誉を得ました(なんと日本人では二人目だったそうです。)
それがたまたまshelf初の海外公演だったというわけです。shelfが手掛けているイプセン作品のうち、この「GHOSTS-COMPOSITION/IBSEN」が招聘されることになった理由の一つに、2011年10月、この作品が名古屋市民芸術祭2011<名古屋市民芸術祭賞>を頂いていた、というもの大きかったようです。何かと名古屋にご縁がある作品なんですね。
この戯曲を上演しようとしたきっかけは…何しろもう、10年前の話なので(笑)詳しくは覚えていないのですが、それに再演の度にいつも、新しい気づきや発見があって。
でも、いまでも強く感じているのは、イプセンという作家については、近代以降の人間が自らの内に抱え込んでしまった病を、彼ほど克明に誰よりも早く描いた劇作家はいない、と、そう思っています。それは近現代人の精神の在りようをありありと描写しているだけでなく、その限界をも同時に描いているということであり、それは今まさに私たちが直面している危機に直結している、と僕は考えています。

――久し振りの名古屋公演ですが、ここ数年のshelfの活動を教えてください。

矢野:2014年秋にshelfが名古屋で上演した[deprived]という作品があって、これを翌2015年の2月にTPAM(Tokyo Performing Art Meeting at YOKOHAMA)ショーケース参加作品として横浜で上演したんですね。そこで、矢野が今、いちばん信頼しているプロデューサーであるワスラット・リオン・ウナプロムと出会ったんです。
彼は、タイ・バンコクのThong Lor Art Spaceという劇場の芸術監督でもあるのですが、公演初日の夜に僕がフェスティバル・バーで飲んでいて、彼と出会って一緒に飲んで、そこで彼と意気投合して(笑) で、彼が翌日、じっさいにshelf作品を観に来てくれた。そして作品を観て、これは今のバンコクにも通じる作品だ、しかも自分の問題意識にも共通する。ぜひ、バンコクでも上演してほしい、と。
その後、資金面などをどうするかで紆余曲折はあったのですが、無事に2015年11月にタイ・バンコクに二週間滞在して、タイの俳優やアーティストとともにこれを作り直して[deprived]タイバージョンという新作を上演した。これが、参加したメンバーみんなにとってとても刺激的で、手応えを感じたクリエイションだったんです。しかもとにかくとても楽しくて。
この作品はバンコクで長年開催されているバンコク・シアター・フェスティバルと、同時に、先に述べたプロデューサーのリオンが昨年作った彼の主催する新しいフェスティバル、Low Fat Art Festというフェスティバルの第一回開催のプログラムの一環として制作・上演をしたのですが、今年(2016年)も同じチームで新作を作ろう、と、第二回Low Fat Art Fesに向けていろいろリサーチやワークショップなどを始めています。先月、8月に一度、既に日本の俳優とバンコクに行っていて、次は11月に二週間滞在し、最終的にソフォクレスの「アンティゴネ」を題材にした新作を制作する予定です。

――海外公演を経て、変わった部分、変わらない部分があれば教えてください。

矢野:変わった部分であり変わらない部分として、自分たちの仕事、つまりshelfで取り組もうとしている方法や様式、モチーフについて、確信が深まったというのがあります。つまり、shelfの取り組んでいることは世界的に見ても非常にユニークで先鋭的なものであり、他に類がない仕事である、と。そう確信出来るに至った。もちろん、言語の壁はありますが、字幕を使ったり、事前に配布する参考資料を用意したりすることで、たいがいのことはクリア出来る。
むしろ、言葉(文字通りの言葉そのものです、)では伝わらない、舞台芸術だからこそ伝わる大きな感動と可能性があるからこそ、僕らは舞台芸術をやっているのだと。
言葉で伝わることだったら、究極的には小説や論文なんかで事足りるんですよね。そうじゃない。僕らの作品の上演は、観客も含めたライブの会場でこそ、身体を通じて観客と舞台とがお互いに共振するように、伝わり得るものなんだと。

――今作を作るに辺り、演出で特に意識した部分、挑戦した部分があれば教えてください。

矢野:イプセン、というと先にも述べたように百年以上前を生きた、しかもヨーロッパ周縁のノルウェーの劇作家です。その彼の書いたものが、なぜ傑作とされ、世界で今も、シェイクスピアに次いで二番目に多く上演されているのか。
話やテーマ、モチーフが面白い。あるいは、イプセンこそが、現在、テレビや映画を通じて流通しているいわゆるドラマの「原型」を作った作家である… それは確かなことですが、しかし決してそれだけではない。繰り返しになりますが、イプセンはその、そもそもの「ドラマ」の原型を作った人です。さらには、一般に今、「演技」というとイメージされるところの「リアリズム演技」というものを世界に出現させる契機を作った人でもある。そういう意味で、今のリアリズム(演技)という様式を必要とする戯曲を最初に書いた一人です。
しかし、彼の書いた戯曲は、いわゆるリアリズム演技、あるいはリアリズムという思想と方法だけでは、舞台上に現前させられない、もっと深い人間についての探求と、その射程を持っている。それをどのように掬い上げるか。掬い上げて、観客にとってリアリティを持った劇作としてどのようにしてじっさいの舞台上にそれを乗せるか。そこがいちばん苦労した点でもあり、観て頂きたいところでもあります。

――観劇を検討されている方に向け、今作の、またはshelfの見所を教えてください。

矢野:ストーリーは単純です。ただ、shelfの作品はいわゆるストーリーを見せる類いの作品ではないので、そこはぜひ、観客のみなさんもご自身の身体を使って、自分の感覚に身を預け、劇場と、演劇作品とを全身で体験してほしいです。強固な虚構性、様式性に支えられた舞台と、鍛えられた俳優の身体と声とがあって初めて紡ぎ出され得るような、凝縮したドラマをお届けしたいと思っています。凄まじいまでに無残な、人間のグロテスクな「美」を舞台上に現前せしめたい。そう思っています。ご期待下さい。

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shelf『GHOSTS-COMPOSITION/IBSEN』(イプセン著「幽霊」より)
作:ヘンリック・イプセン
翻訳:毛利三彌
構成・演出:矢野靖人
会場:愛知県芸術劇場小ホール
日時:2016年10月2日(日)
出演:川渕優子、森祐介、三橋麻子、沖渡崇史、横田雄平、井上貴子

ダイジェスト映像(ノルウェー公演)
https://youtu.be/6txpmjNFEgo

詳細はこちら
https://theatre-shelf.org/index.htm

[撮影:天野雅景]