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映画『市子』舞台挨拶リポート

映画『市子』戸田彬弘監督と主演の杉咲花さんが登壇した名古屋での舞台挨拶の模様を取材させて頂きました。

戸田彬弘監督が主宰する劇団チーズtheater旗揚げ公演作品でもあり、サンモールスタジオ選定賞2015で最優秀脚本賞を受賞した舞台『川辺市子のために』を映像化した作品です。

杉咲花さんが演じるのは痛ましい程の過酷な家庭環境で育ちながらも「生きること」を諦めなかった市子。抗えない境遇に翻弄された壮絶な半生を、凄まじい熱量で体現しています。

舞台挨拶リポート

――出演のオファーの際に手紙を受け取られたと聞いたのですが、その時のお気持ちを教えてください。

杉咲花さん(以下杉咲):お手紙の中で「この作品は自分の監督人生に於いても分岐点になる作品です」と書かれていまして、それだけ思い入れのある作品に自分を求めてくれたのはとても嬉しかったですし、どれだけ凄まじい女が描かれているんだろうという、ある意味ちょっと怖い気持ちもありながら、震える手で脚本を捲っていった感じでした。監督の筆圧が伝わってくるようなエネルギーのある脚本で、何かとんでもない場所に連れていかれるんじゃないかという予感がしました。

――撮影に入るまで1年程あったそうですが、それまでに市子について、監督とどのようなやり取りがあったのでしょうか。

杉咲:この作品は多くの時間軸が描かれていますので、その間に市子がどんな時間を過ごしてきたのかという事を、監督が台本のように書き下ろしてくださって、とても参考になりました。

――撮影でのエピソードを聞かせてください。

戸田彬弘監督(以下戸田):予告にも使われている、市子がトンネルを駆けていくシーンがあるんですけど、衣装がサンダルなのに無茶苦茶足が早く、杉咲さんをカメラマンやマイクが追いかけるんですけど全然付いていけなくて。疾走感のある良いシーンなんですが、思ったより尺が撮れなくて(笑)。

杉咲:転んでしまったらどうしようっていう緊張感があって、死に物狂いで走っていましたね、あのシーン。

――杉咲さんは何か撮影時のエピソードはありますでしょうか。

杉咲:凄く記憶に残っているんですけど、繰り返し撮影しないといけない中、初めて恋人の長谷川と対峙するシーンで、心が途切れてしまった瞬間があって。その時に長谷川演じる若葉竜也さんがケラケラ笑いながら「精魂尽き果てたね」って言ってきたんですよ。それで拍子抜けしちゃって。これまでそういう時って、周りの人が色々と手を差し伸べてくれたんですけど、ただ事実を述べられるっていう(笑)。自分からするととても情けない瞬間なんですけど、それをそのまま肯定してくれるのが有り難かったです。そんな若葉さんとだから出来たシーンだったのかなと改めて思います。

戸田:そのシーンのセッティングの時に若葉くんが、「杉咲さんヤバ過ぎるくらい芝居凄いですよ」って言ってましたよ。「凄いもの見た」って言ってたんで。そりゃ精魂尽き果てると思いますし、いや本当に凄かったです。どうなっちゃうんだろうって感じでしたよ。

――本作ならではの新しい挑戦はありましたでしょうか。

戸田:通常はマスターショットといって、全体像が分かるショットを撮るんですけど、本作ではほぼ撮っていないです。この映画の特性として、色々な人達から見た市子を映画の中で紡いでいくので、第三者の視点でカメラが入ってしまう訳にはいかない。語っている当事者からの視点、少しドキュメンタリ的なポジションを取りました。そのやり方は編集の時に怖いんですけど、押し通そうとカメラマンと話をして撮りました。

――監督とご一緒してみて、その映画作りについてどのような感想を持たれましたか。

杉咲:監督は原作者でもあるので、市子の分からない部分について質問をした時に沢山の回答をくださったんですけど、断定をしない。「こうなんじゃないですかね」っておっしゃっていて。たとえご自身が作られた物語の人物だったとしても、他者は他者であるというポジションの取り方。その姿勢がこの映画を表しているんじゃないかと思いました。

――最後に一言づつお願い致します。

杉咲:この映画を観て、市子って人物が実在するかのように捉えてくださる人が多く、それが本当に嬉しくて。「市子の事が分かったと思ったら物凄く突き放される」って言ってくださる方もいて、それだけ人間の複雑な所にタッチした作品なんじゃないかなと思います。人と人との間に横たわる『分からなさ』みたいなものを抱えながら、それでもあなたはどうやって人と関わっていきますか、と言う事を突き付けられる作品だと思います。

戸田:本作は多数の視点で市子を見ていくという構成になっています。家族だったり、どんなに大切な人でも知らない部分があるはずと思ってはいても、いざ事件等が起きると家庭環境がそうだったからだとか、自分を含め、そういう紐付けをしてカテゴライズしてしまっているのをよく目にします。本当に他人の事を知る事は難しいなと思いますし、掴めるような掴めないような、でもそういう風にしか他者と関われないと思っています。この映画が、大切な人をもっと深く見つめるきっかけになれば、作った甲斐があったと思います。

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『市子』

12月8日(金)伏見ミリオン座ほか 全国公開

監督:戸田彬弘
出演:杉咲花、若葉竜也、森永悠希、倉悠貴、中田青渚、石川瑠華、大浦千佳、渡辺大知、宇野祥平、中村ゆり
配給:ハピネットファントム・スタジオ

詳細はこちら
https://happinet-phantom.com/ichiko-movie/index.html