投稿者「名古屋演劇アーカイブ」のアーカイブ

岩崎きえ さん

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はじめまして。
広島で「舞台芸術制作室 無色透明」という制作団体を主宰しています、岩﨑きえです。
愛媛の鈴木さんよりバトンを受け取りました。

福岡県にある九州大谷短期大学の演劇コースに入ったことがきっかけで演劇の道を歩んでいます。
元々役者を志していましたが、劇団を退団後2007年・2008年にNPO法人アートネットワークジャパン主催の東京国際芸術祭に参加する団体の制作として、東京での長期の創作現場を経験させてもらったことが転機となり、制作者としての活動を始めました。
帰広後、京都・アトリエ劇研プロデューサー(当時)の杉山準さんにご指南ご協力いただき「C.T.T.(※)広島事務局」を立ち上げました。
当時まだ広島には制作者という概念がなく全てが手探りでした。夜行バスで、平田オリザさんが講師をされていた大阪の制作者講座に通ったりしながら、2010年にひろしまNPOセンターの一角に制作事務所を構えたのを機に制作団体、「舞台芸術制作室 無色透明」を立ち上げました。現在3名のスタッフと2つの加盟劇団で活動しています。

1年を通して色々やっていますが、活動理念はシンプルで、
≪日常生活の中で劇場に訪れる(ことができる)人を増やしたい、そこでいい演劇に触れてもらい、その時間がその人たちの人生のなかで良い時間であって欲しい≫
という事だけです。この目的を結実させ、その実を後ろの世代に渡していくことだけを目標としています。
昔、芽も出ない日の目もみない制作活動に独りくすぶりつつあった時、何かの折に宮城聰さん(静岡県舞台芸術センター芸術総監督)の講演を聞き、その中で宮城さんの「本当に演劇の力を必要としている人は、今劇場なんかに来ない(来られない)人たちなんじゃないだろうか」という言葉に強く衝撃を受けました。
それまで、成果だの評価だのプロだのアマだの、世間の固定概念や価値基準にイラつき、インターネットの言葉や人づての噂なぞに左右され曇っていた目が明けたようでした。シンプルにまっとうに、制作としてすべきことをしようと、決めました。

この目的の結実の為にはいい劇場といい作品といい演者、そして観る人の存在が不可欠です。
6年前から公益財団法人広島市東区民文化センターの協力のもと「アートリップル事業」を主催し、県外・国外の秀逸な小劇場作品の広島公演を企画プロデュースしています。
そして広島にもそんな作品を提供できる演者の自立を支援したいと考え、前述した「C.T.T.」の開催、京都の劇作家・演出家の柳沼昭徳氏を講師に迎え、長期の俳優育成を目的とした「広島アクターズラボ(アクターズラボは京都アトリエ劇研で行われている俳優のスキルアップに特化した事業)」を主催運営、日本劇作家協会の中国支部の運営などに携わっています。
日本は教育課程で本物の演劇に触れることが極端に少ないせいか、偏った印象を持った人が多く、演劇活動はなかなか市民権を得られません。その為、共通言語をもった物同士が仲間内で終始する演劇活動になりやすいです。理解されない、という事に心が折れてしまわないように。
しかし、それに折れない心そこが何より重要で、役者であれ制作であれ、そんな人たちにこそ、演劇を語り、観てもらおうと働きかけるエネルギーと実力を持たなければどこにも進めないと思っています。
人には得手不得手がありますから、どんなにいい演劇でも「苦手」な人はいます。それは同然の道理です。しかしひとたび苦い経験をすると「演劇を観に来て」と言うのが怖くなり、勝手知ったる人だけに情宣をする安全な市場に閉じ、客席にはだいたい同じ人が集まるようになり、その小さな市場が底をつくとチケットが売れないと嘆く。
どうにかしてこの流れを打破したい。苦手な人もいるだろうけど、演劇が大好きになる人だってきっとたくさんいるはずだから。
そんなこんなで「プロデュース」とか「オーガナイズ」なんてカタカナにしたら聞こえがいいですが、実際は当って、当って、砕けて、砕け散りながら市場を開拓し、血眼になってチケットを売るのが無色透明の1年の活動のほぼほぼです。はい。

鈴木さんからのご質問にお答えしますね。
「演劇が好きな理由は・・・・?」
もうこれは月並みなのですが、「人」しかないです。わたしにとって演劇を通して出逢った人たちの中に、あまりにもかけがえがないひとが1年に1、2名くらいの割合で増えてきて、その人たちに会いたくてうかつに演劇をやめられなくなりました(笑)もちろん鈴木さんもそのお一人です。あんな無謀なロングランができたのも、こんな無謀なわたしを絶対に助けてくれる仲間が居ると信じられたからですね。パワーは「人」からもらってます。

「演劇を活用して、別のものを生み出したいと考えたことありますか・・・?」
うーむ、これは難しいですね。
文化芸術そのものに力がある、と言うこと自体「こっち側」の論理ですものね。しかし実際広島で小劇場演劇の制作に特化しているはずなのに、ここ数年全く別のジャンルから、お仕事の相談や依頼が来ることがぼちぼちあります。生みだそうとしなくても波及して生じてくる何かが、あるんだと思います。
反論する、というとハードルが高いんですが、わたしはまず「幸せに成るお水を売ってるみたいなものです」と、笑いをとるかな(笑)何に価値があり何に価値がないかを他者は判断することができない、と言うことをまず伝えたいです。演劇なんてなんの役に立つかわからないから要らないかな?というのを昔アニメの一休さんで見た「無用の用」回のお話を交えて話したりとか・・・(これ忘れられないお話なんです。マニアックすぎて書けませんけど)まあ、こうなると観念的になってしまうのであまり良くないかもしれません^^;
実際重んじていることは演劇に関わっている人間がそれによって魅力的であれているかどうか、ですかね・・・同じテーブルに着いたとき対等に話ができ、かつ、この人の言葉に耳を傾けようと思ってもらえる輝きを以て演劇を語れるようであろうと、常日頃精進しております。答えになったでしょうか・・・

(※)C.T.T.とは
「Contemporary Theater Training」の略で「現代演劇の訓練」と訳します。1995年から京都で行われていて、創作途中の作品をあえて舞台で試演、検証することで技術の向上を目的とし、事務局がその場を提供します。

次のバトンは、文中にも(勝手に)登場していただきました京都の杉山準さんにお渡しします。
10年前、制作をはじめて間もない頃、お会いして話した時「この人みたいな制作者になりたい」と直感的に思い今に至ります。杉山さんの活動は演劇を越えて多岐に渡り、地域や行政を相手に新しいことにもばしばし取り組まれています。制作者・プロデューサーとしてわたしの目標であり、現在はよき理解者・相談者で、たまに会った時は飲み友達でも居てくださる方です。

●杉山さんの情熱はどこからうまれてくるのでしょうか。
●「これぞ演劇の力だ」と感じたエピソードを教えてください。