投稿者「名古屋演劇アーカイブ」のアーカイブ

小森あや さん

こんにちは、小森あやと申します。

清水さん、ご紹介ありがとうございます。
いただいたバトンを握りしめて随分と長い時間走ってしまいました。

ご質問の「制作者が育つ環境には何が必要だと思いますか?」について、年相応にびしっとした答えを持ってきたいところなのですが、なかなか至らず…いままさに成長過程にある人たちと接しながら、考え続けているところです。成長過程にあると申し上げましたのは、年齢や経験年数に限らず、活動している人たちのこと。また自分もその一過程にあることを前提にお話しします。

まずともかくは、本当に当たり前のことなのですが、継続して経験を積むことのできる、「続ける」ことのできる環境であること。そして、「続ける」るために「心と身体と生活において自立し健やかでいられる」「失敗してもその失敗をどのように先に進めていくか考えることができる」環境であること。自らの生活が変わっていく中でも、声を掛け合える相手と関係を持ち、その関係を広げていける環境であること。
これがあれば、あとはみんな好きに愉快にやったらいいではないか!というところでしょうか。

なんだかことこと言っていますが。
(ここからは、これから始めようとしているひと、始めたはいいが続けることが難しいかもしれないと思っているひとへ向けて)
その継続の過程に関わる具体的なことについては、100人いれば100通り、人ぞれぞれだと思います。どうしたらよいのだろうと迷ったら、例えばこのブログリレーを読み返してみてはどうでしょうか。ピンとくる人や場所があれば、実際に行って見て話して聞いてみたらいいと思います。わたしはブログリレー読んで元気が出ました。
そして、できることなら、制作者以外のひとたちの「続ける」話も聞いてみてはどうでしょうか。「続ける」視点で話を聞くことで、目から鱗が落ちるような気づきがたくさんあるはずです。
ああ、こういう様にありたいな、そういった漠然としていてもポジティブな印象のある人がいれば、話を聞いてみる。特にパフォーミングアーツの界隈はさまざまな分野の人たちが集まる場ですから、そのチャンスは多い。そこから学んでまたひとつ工夫しながら進んでいく、その繰り返しを粘り強くやるべしと思います。

一例として、自らの現在までの七転び八起きの過程を追いながら自己紹介します。
何かの一助になれば幸いです。

現在、わたしはTASKO(タスコと読みます)という会社にいます。
TASKOは、美術制作・プロデュース・設計制作・デザイン&ウェブ・舞台制作の専門スタッフが集まり、”さまざまな素材、手法を駆使しながら、ユニークな提案力と確かな技術力で、業界騒然の「ニューものづくり工場」として、新しいモノづくりに挑戦し続けています。”とうたって今年で創立8年目、東京の武蔵小山と祐天寺を拠点に活動しています。

そんな会社なので、わたしの仕事もパフォーミングアーツの制作に特化せず、展覧会やイベントの企画運営、美術作品の製作サポート、商業施設やフェスティバルのディスプレイ製作の進行管理などなど。設営もしますし、ハイエースで荷物も運びますし(2Tは勘弁)、ケーブルの被膜も剥がしますし、花見に忘年会、事務所の植物たちへの水やり、コリドラスやグッピーの機嫌取り、できることはなんでもやります。なかなか楽しいです。
興味がある方ぜひ遊びに来てください。https://tasko.jp/

ここに至るまでのメモです。いろいろ要素が見て取れるとよいのですが。
北海道生まれの東京育ちです。本が好きで、装丁を仕事にできないかなと(漠然と)考えて入った大学の空間演出デザイン学科というところで、演劇、特に舞台美術・装置、衣裳に関わる人たちに出会いました。その時は自分がここに関わる職業に就こうとは考えもしていなかったのですが…その頃訪れたロシアやルーマニアの劇場で出会った舞台スタッフや俳優や楽屋番のおばあちゃんたちを見て、ああこうやって暮らしていけるのだなと憧れの気持ちを抱いたことは強烈に覚えています。

卒業後は明和電機(https://www.maywadenki.com/)というアーティストのアトリエで、マネジメントと製作のアシスタントとして働いていました。アーティストのもとで、作品を作り、展覧会をし、ライブをし、オモチャ(製品)を作り、本を作り、棚を整理し、荷物を積み込み、海外での展覧会・ライブに出向き、4年を過ごしました。右も左もわからぬまま、必死でやっていましたが、ここでの経験がいまだに自分のものを作っていく上でのベースにありますし、共に働いた人たちが現在の会社の立ち上げメンバーでもあるので、人生何があるかわからないし、続けるって大事と改めて思います。

その後、友人の勧めでフェスティバル/トーキョーの門戸を叩き、初めてパフォーミングアーツの「制作」という仕事と、その仕事に就く人たちに出会いました。国内外を問わず、アーティストたちとの新作クリエイションに多く関わった4年間は、現在のわたしの仕事の軸を作ってくれたと言っても過言ではありません。その時に出会った制作、テクニカルスタッフ、劇団やアーティストたち、劇場とはいまだに交流がありますし、日々支えられています。

そして縁あって、京都に拠点をおく劇団「地点」に制作として2年間所属しました。彼らが東京で活動していたころから作品をみていたので、同じ舟に乗ることになるとは青天の霹靂でしたが、作り続けていくことについて、本当に多くのことを学びました。自分がこれまでサラリーマンとしてぬくぬく働いていたことを痛感し、力不足に打ちひしがれもしましたが、それまで深く関わることがなかった「俳優」に出会えたことも含め、目の覚めるような毎日でした。

ということで、TASKOへ至るのですが、なぜ今の環境を選んだのかを少し考えてみます。
地点を辞める時に考えていたのは、引き続き今までやってきたことを継続し展開していける仕事に就きたいという事だけでした。しかも業種は問わず。どちらかというとパフォーミングアーツ界隈だけ、そしてフリーランスでの活動では「制作」という仕事にこれ以上の広がりを持たせることは自分では難しいなと考えていました。そんな折りに相談をしたのが明和電機時代の実質的な上司で、現在のTASKO代表でした。「そろそろうちでどうや!」の掛け声にのって有相無相の生息するTASKOへ飛び込んだのですが、実に幸い、ラッキーでした。

清水さんからもあったように、そろそろわたし(たち)は「続ける」ための環境を整えていかなければいけない世代にあります。それは、現状もこれまでも、その環境づくりがなかなか難しいという実感に基づいた、提案と実践をしていかなければいけないという事です。

TASKOの会社説明文の一節にこんなことが書いてあります。
工具箱にはたくさんの道具が入ります。
ひとつの道具で作れるものは少ないですが、
種類が増えれば組み合わせはかぞえきれないほどに広がります。

いまわたしがこの仕事を「続ける」ために必要だと考えているのはまさにこういう「道具箱」のような集まりで、TASKOだけでなく、これまで出会ってきた人たち、場所全てが内包される、技術と経験と勘!が詰まった「道具箱」。自分にできないことをできる人たち、場所と緩やかにつながって、作りたいもの、おもしろいものを作り続ける。一人で維持できることは少ないけれど、少しづつ分担しながらだったら、継続していく波を拵えることができるのではないか。それは若手の育成という事にも同じことが言えるのではないかと思っています。

例えば、TASKOで言えば、現在自分の後輩は、パフォーミングアーツに限らず、フェスティバルや劇場やプロダクションからもらった仕事に出向いてもらっています。先々のスタッフや社内の他部署のスタッフに、指導をしてもらいたい旨を伝えて、一緒に育てて行けるようにとお願いをするようにしています。もちろん、わたしも先々の現場が抱える若手のスタッフ・インターンがいれば、できるだけ伝えられることは伝えようと思っています。それぞれで必要とされる仕事のありかたを、それぞれのスタッフに実地で教えてもらう事で、幅を広げていける。選択肢が増えることでよりポジティブに自分のその先を考えてもらえるようになるのではないかと期待して日々後輩と働いています。

そして願わくば、その環境を、名前を持った組織を作らずに、当たり前のようにみんなで使っていけるように、たくさんの人に会って、話しながら考えていければいいなと思っています。

そろそろバトンを次の方へ渡しに走ります。
京都を拠点に活動している、めっちゃ面白い「道具箱」の手綱を引くこの方。
劇団「ヨーロッパ企画」制作の井神拓也さんです。穏やかな物腰からは想像もつかない、カミソリのような制作者です。冗談で制作界の「神」とよんでいますが、彼の持つ経験値と視点を考えると、あながち嘘ではないと思っています。マルチタレントを多く抱え、スーツとニューバランスで受付に立ち、美味しいものをこよなく愛す井神さんにぜひみなさん出会うべしということでバトンを渡します。
井神さんへの質問は「ご多忙の中、心身の健康のために心がけていることはなんですか」です。仕事でのスタンスでも、猫のことでも、ビールのことでも、お菓子のことでもいいです。またお会いできることを楽しみにしています。

最後に。
何度もしつこく恐縮なのですが、お話しして何か先に進められるようなことがあれば、おもしろそうなことがあればお声がけください。

ではみなさま、またすぐに、お会いできることを楽しみに!