岩崎さんご紹介ありがとうございます。
ご紹介いただいた、杉山準(すぎやまじゅん)と申します。京都を拠点に、演劇や文化・芸術にまつわる様々な事業の企画や運営を行っています。
さて、私が演劇に関わるきっかけとなったのは「学生生活の思い出に」と1回限りのつもりで参加した公演でした。当時小劇場はちょっとしたブームだったのです。初めての演劇体験はとても楽しく、1回ではやめられず続けることになって、現在に至るというわけです。始めた当初は役者をしていました。公演にあたって制作の手が足りないということで、制作も手伝っていたのですが、徐々に所属していた劇団の枠にとらわれないこともしたくなり、1994年に初めて手がけた公的な事業「演劇ビギナーズユニット」(http://ys-kyoto.org/higashiyama/category/bu/)によって、私の軸足は役者から企画や制作の方向に傾向くことになります。でも役者はその後も長らくやめられなかったのですが。
演劇をしてみようと思った時、私は完全なるど素人でした。演技についても、舞台とはなんぞやについても、舞台用語も裏方の仕事についても、まさに演劇の「え」の字も知らなかったのです。ほとんど演劇を見たことすらありませんでした。ですから、経験者に教えをこうたり、現場を手伝ったり、「面白い」と言われる公演を見に行ったり、演劇講座を受講したり、自分でワークショップや公演を企画したり、本を読んだりしながら、色々な知識や技術を学びました。バカにされないようにしようと思ったわけですが、それはその後、案外役に立ちました。私が企画した(している)数々の演劇初心者向け事業にそうした体験が活かされたのです。自分の体験からそうした事業が生まれたと言っても過言ではありません。役者をしていた10年あまりは、貧しくて、しかも結果の出ない、不安で辛い日々でしたが、私なりに一生懸命やったことは、その後の事業、特に人材育成系の事業や普及系の事業を企画する上での肥やしになったと思っています。
さて「演劇ビギナーズユニット」が始まった翌年、1995年にはC.T.T.(http://cttkyoto.jugem.jp)という演劇やダンスの試演をする会をたちあげました。それがきっかけとなって、本格的に演劇事業の企画や制作を行うようになりました。私の演劇制作の起点となった両事業は様々な人に支えられながら、現在も続いています。(C.T.T.は京都から各地に広がり、現在は名古屋、岡山、大阪、広島、仙台、松山、北九州で開催されており、2017年度には東京でも始まる予定です。)1998年ごろから京都市の文化事業や京都芸術センター(http://www.kac.or.jp)など公立の文化施設の演劇事業などに携わらせていただけるようになり、2000年にはアトリエ劇研(http://gekken.net/atelier/)という小劇場のプロデューサーを務めさせていただくことになりました(2008年まで)。2003年にはその運営母体を法人化しその法人(NPO劇研http://www.gekken.net/npo/)を主な活動母体として現在も舞台芸術にまつわる様々な事業を行っています。
私は演劇に関わり始めてから現在に至るまで、自分の関心や興味は大きく変化したと感じています。若い頃は所属する劇団の成功や、自分のやっている演劇そのものに関心が向いていたのですが、徐々に社会のことに広がっていきました。「演劇制作」と言っても旗揚げしたばかりのアマチュア小劇団の制作さんと、「仕事」として給料をもらいながらやる制作業務は、同類の仕事をしているにもかかわらず、その専門性や責任はだいぶ違うことでしょう。演劇に対する意識もおそらく違うに違いありません。このブログの読者がどういう方々かよくわかりませんが、きっと経験や意識に幅のある色々な方が読まれると想像しています。そしてたぶん皆さん何らかの動機や目的があってこうしたことに関わっていることでしょう。例えば、それは「劇団の成功」に貢献したいということであるかもしれないし、劇団(作品)をもっと売って自分の収入や社会的評価を上げたい、かもしれません。とにかく演劇が好きだから関わっていたいという人も、制作していることに生きがいを感じるという人もいないことはないでしょう。それらも年月を経て変わっていくのだと思いますが、私はプロであれアマチュアであれ、こうしたことを長く続けられている方は、自分のやっていることに誇りを持っておられるに違いないと感じています。活動する中で徐々に自分がこうしたことをしなければならない理由(プライド、使命感)が育まれ、それがより強い動機を生むのではないかと思うのです。
さて、自分の活動紹介からは少し横道にそれますが、江戸時代に今の滋賀県で活躍し、多くの豪商を生んだ近江商人の格言に「三方(さんぽう)よし」という言葉があります。ご存知の方も多いと思いますが、「買い手よし、店よし、世間よし」ということで、商売はお客様と自分のところの店が良いばかりではなく、社会にとっても良いものでなければならないということです。企業のCSRが言われる昨今、会社の社訓にされるなど、現在でもその考え方は評価されていると聞きます。私たちの仕事もそうでなければならないと思っています。特に「世間よし」ということについては、文化に関わる私たちは、企業のように「社会貢献活動」を通じて、社会の信用を得るということだけでなく、提供する作品や活動そのものがあるメッセージを発信するものですから、(それは芸術にまつわる活動を通じて新たな「考え方」<文化>を育むことでもあるので)その重要度は高いと思います。それはつまり、どうすることが社会を良くしていくかを考えていくことでもあると思うのです。「世間よし」たるために、何をもって世間よしかを考えるということでしょうか。
イギリスがEUから離脱し、アメリカには異色の大統領が誕生しました。世界の流れは自国中心主義に向かうかもしれません。かつてドイツにブレヒトという芸術家(劇作家、演出家、詩人)がいました。彼はストーリーや演出によって作り出される虚構の世界に観客が感情移入することを疑い、真理とは何かを観客に問う演劇作品を作り、ナチスドイツから迫害を受けた人です。ナチスが芸術や文化をナチスの世界観を広めるために利用したことは有名な話ですが、ブレヒトとは違ってそうした政策に適する芸術家も数多くいて、彼らは逆に大きな恩恵を受けました。ナチス政権下ではその方針にそぐう人が芸術家としての成功を手にしたわけです。ナチス崩壊後、ナチスの台頭を許したドイツでは、その反省から政策的にある思想に芸術・文化が偏らないよう制度を整え、ブレヒトといった芸術家も「ナチスの台頭を許したのは、個々の国民である」ということを国民に意識させる作品を作りました。国民に批評的な目を開かせることにより、再びナチス的なものが台頭しないようにしようという「考え方」を広めようとしたのです。
制作やプロデューサという仕事は、作品(様々な「考え方」や価値観)を社会と結んでいく仕事だと思っています。観客と良好な関係を築く上で観客を楽しませることは重要ですが、それが演劇のすべてではないはずです。公共施設で働いていたり、公的助成金など助成金をもらって活動している方も多いと思いますが、そうであったとしても、文化に携わる私たちは政治の意向に無意識に盲従するのではなく、どこかに「世間よし」を意識できる冷静さを保っていたいものです。たとえ客のウケを第一と考える、大衆的なエンターテインメント作品を制作していたとしても。
世界が今後どう動いていくかわかりませんが、こんな時代だからこそ私たちがこうした仕事を続ける上で持つべきプライドの源が、「客よし(観客へのウケ)」「店よし(自分たちの成功)」に増して「世間よし」でありたいと考える今日この頃です。
ところで、アメリカでトランプ氏という実業家出身の大統領が誕生しました。商売人だった彼が国際社会という「世間」に対して、「世間よし」を軽んじた方針を貫いた時、さてアメリカや世界の秩序はどうなっていくのか?その動向は気になるところです。
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岩崎さんからの質問にお答えします。
●杉山さんの情熱はどこからうまれてくるのでしょうか。
自分では情熱を持ってやっているともあまり感じていないのですが、やりたいことをやっているので、自然とやりたいことが湧いてくるということでしょうか。
●「これぞ演劇の力だ」と感じたエピソードを教えてください。
私が手がける作品や事業は比較的小規模なものばかりなので、「これぞ演劇の力だ」などと大それたことを言えるものはないのですが、あえて言うなら私が初めて手がけた演劇の事業「演劇ビギナーズユニット」(主催 京都市/公益財団法人京都市ユースサービス協会)http://ys-kyoto.org/higashiyama/what_bu/についてのエピソードをお話しします。
この事業は昨年で23年目を迎えたのですが、この間1回の定員割れもなく、たいそうな盛り上がりで続いているという奇跡的な事業です。もちろんそれは私だけでできたわけではありません。私はこの事業を提案し、初回から6回までプロデューサーとして現場に関わり、その後は主催者である公益財団法人京都市ユースサービス協会さんと私の後を継いでくれたプロデューサーによって今日に至っています。この事業はその名の通り演劇初心者に演劇を体験してもらうというカリキュラムですが「青少年育成」を目的とした事業で、演劇人の育成を目指すことを主目的としていません。ところが実際この中からたくさんの演劇人が生まれ、中にはプロで活躍するものまで出ています。
このプログラムは30歳までの若者で演劇初心者(もしくはほとんど経験のない人)を対象とし、リピーターは受け付けていません。まさに一期一会、ここで出会ったチームによる、1回きりの演劇体験なのです。演劇の力を感じるのは、この約3ヶ月の講座を通じて若者たちが変化するということです。公演が終わりこのチームも終了となる時に、多くの参加者は離れがたさを感じるほど、濃密な一体感が生まれます。これは演劇の力だと思うのです。若者たちは演劇を通じて、いろいろ考え、悩み、自分と向き合いながら作品を作ります。それはある意味苦しいことでもありますが、多分人間的な成長に繋がっていると思います。
この講座で出会った何組かが結婚したことも演劇の力と言えるかもしれません。
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鳥取で「鳥の劇場」の制作をされていた、齋藤啓さんを紹介させていただきます。
鳥の劇場は鳥取市鹿野町というところにある元小学校と幼稚園の建物を再活用した劇場を拠点に、演劇の創作ならびに鳥の演劇祭を開催するなど、地域の芸術拠点として素晴らしい活動を展開しておられる団体です。
齋藤さんへの質問ですが、
制作に対しての齋藤さんのこだわりはなんですか?
また、様々な表現活動やエンターテインメントが溢れる現代において、演劇を鑑賞される人は少数派だと思いますが、あえて演劇である理由はなんでしょうか?
【宣伝!2017年2月21日(火)、22日(水)京都のアトリエ劇研で、私が制作する「ユバチ」というグループの公演があります。HP:http://www.gekken.net/actorslabo/cn31/pg647.html】