渡辺亮史さん
静岡を中心に活動している劇団渡辺の代表渡辺亮史さん。本公演では古典の名作を多く扱いつつも、路上やバーなどで気軽に観られる演劇を展開するなど、非常に活動的な方です。
静岡の地域性によって生まれた演劇の人

渡辺さんが演劇を始めたきっかけを教えてください。

大学入学時、学内サークルにて演劇を始めました。太宰や芥川作品などの怪しげな生活への憧れや、たまたま買った遠藤浩輝のまんがに学生演劇の短編が載っていたこと、女、などがきっかけだったように思います。気軽で軽率でした。諸々覚悟して活動を始めたのは、もっとずっとあとになります。

演劇に限らずこれまでに渡辺さんが影響を受けた作品、もしくは人物を教えてください。

学生時代観た地元のアマチュア劇団作品と、同時期静岡県舞台芸術センター(SPAC)で上演された多くの作品。SPAC前芸術総監督鈴木忠志さんには、良くも悪くもとても大きな影響を受けています。宮城聰さん、タガンカ劇場による「マラー/サド」、オレグ・タバコフ、アントニー・サンドヴァル「禿の女歌手」など。静岡以外、特に東京下北沢などにもよく行きましたが、自分はSPACと、静岡の地域性によって生まれた演劇の人だと思っています。

腕力です
舞台写真
『四川の善人』舞台写真

演出をするうえで気をつけていることがあれば教えてください。

殴らない。なげない。バカバカしいことを真剣にやる。それと「上演時どういう国籍・素性・職業の人物に観てもらうべきか」「作家の創作目的設定」など、創作決定時設定した規定を忘れないことです。

演出をされていて、自身で感じる特徴はありますか。

卑屈さと、傲慢さを感じます。

一緒に活動するうえで、相手にもっていて欲しい能力や要素はありますか。

国語能力と、体力です。

演出家にとって一番必要な能力はなんだと思いますか。

腕力です。

元気で変な演劇

劇団渡辺ではブレヒト、イヨネスコ、芥川龍之介、等々、国内外問わず多岐に渡って扱っていますが、題材を選ぶ基準はありますか。

どれも「議論が尽くされつつある古典的名作」ばかりで、あまり多岐に渡っているとは思いませんが、題材選択の基準はまず「悲劇的なカタルシスを表現できるか」というところにあります。その作家の哀しさを想像し、共感を得られるか。そして、自分の視点で演出した場合、その哀しさが現代の我々と観客に活力をもたらすか。必要に駆られたり、目先を変えた実験のためだったりして別の基準で題材を選ぶこともありますが、そういった作品は劇場以外の場所で発表することが多いです。自分たちの演劇のオリジナリティを、「ドラマ性」にではなく「積み重ねた身体経験」「表現方法・ルール作り」の中に観てもらえるよう、工夫しています。

劇団渡辺は静岡を拠点にされていますが、旅公演をする時など、地域の違いを感じることはありますか。またそれはどのような時でしょうか。

地域による違いはあまり感じません。どこでも、元気で変な演劇だなぁ、と受け止めてもらっています。しかしやはり、古典的戯曲や演劇論を扱っているため、劇場によっては(特に東京などでは)予備知識のあるお客さんが多いかな、と感じることはあります。

日常に飽いた大人たちに好評

演劇の面白さ、魅力をどういうところに感じますか。また演劇をしていて辛いのはどのような時でしょうか。

悲劇でも喜劇でも、非日常的な人間の姿に直接リアリティを感じることができるのが演劇の魅力だと思います。辛いことは気にしないようにしています。

渡辺さんがこれまで演劇を続けてきた原動力はなんだと思いますか。

自分の吐いた言葉と、家族仲間への愛憎と、若さです。

演劇で最も表現したいことはなんですか。

哀しさや理不尽、孤独、暴力的衝動などを乗り越え、耐え笑える人間のイメージを表現し続けたいと思います。

劇団渡辺の見所を教えてください。

俳優のパワーとおかしさ、そして文学性です。濃厚な体験と知識を求める、等身大の生活と日常に飽いた大人たちに好評をいただいております。