柏木俊彦さん×筒井加寿子さん
AAFリージョナル・シアター2012にて、田辺剛さんの『建築家M』をそれぞれ演出される、第0楽章の柏木俊彦さんと、ルドルフの筒井加寿子さん。短い時間でしたが、それぞれの芝居に対する視点の違いが垣間見えて面白かったです。とても礼儀正しいお二人でした。

そういう素敵なことじゃないんです

今回は一緒に企画をやるということで、お会いしてみて、お互いの第一印象はどうでしたでしょうか。

■筒井加寿子さん(以下筒井):スカイプ会議をした際に声を最初に聞いたのですが、随分丁寧な方だなあと思いました。

■柏木俊彦さん(以下柏木):ああ、いらっしゃいましたね。ぼくが東京の中華料理屋にいたときでしょ。

■筒井:そうです。中華料理屋にいはって。随分丁寧な方だと思って、実際に会ったらやっぱり丁寧な方だと思いました。で、文章を読んだ時に、表現が繊細だなと思って。第一印象は本当にそれですね。文章を書く時も行を分けはったりとか、情感があるという印象を受けました。紗が掛かっているような文章でしたので。わたしはただぶわーって書いてただけなんですけど。

■柏木:これは宮沢賢治に影響されたんです。

■筒井:そうなんですか。詩みたいだと思いました。

■柏木:あ、違います。たまたまその時に宮沢賢治を読んでただけで。すいません、そういう素敵なことじゃないんです(笑)。

■筒井:あと、時々歩きながら話したりしている時には、ちょっとでこぼこしている部分もあるんだと思いました。ものを作る人って触れてはいけない部分ってあるじゃないですか。誰でもそうなんですけど、そういう所も垣間見えて面白いなと思いました。

■柏木:ぼくは写真で拝見させて頂いて、不思議な写真だったんですけれども。

■筒井:キノコ頭の奴ですね。

■柏木:はい。年齢不詳だなと思いました(笑)。それでお会いしてもやっぱり年齢不詳で。なんだろう。単純な、全体的な印象として、アジアというか、異国情緒漂うというか。ちょっと西のほうの方なのかなと思いました。それと、凄く人見知りだったりシャイだったりする印象ですね。こういう人が爆発的に面白いもの作るんだよな、と思ったのと、想像力や妄想力が強い方なんだろうなという印象でした。

事実を積み重ねていく

それぞれの演出の特徴があれば教えてください。

■筒井:わたしは演出スタートが2008年で、4本目なんです。短編3本で長編1本で、長編はこれで2本目。だからまだ演出スタイルが確立されていない状態なんです。色んなことを試したり変えたりしてるんですけど、基本的には全く普通なんですけど、事実を積み重ねていく。そこでちょっと違うと思った時、具体的な言葉にするのにもっとも頭を使います。

『事実を積み重ねていく』とは、具体的にどのような進め方をするのでしょうか。

ルドルフ
ルドルフ『ルドルフのまっしろけでゴー』
撮影:徳永ひろみ

■筒井:おかしいと思ったら止めて直すんですけど、なんか成立していないなって状態ですね。そう思った時に、打てる手だてを一個一個考えていくやり方ですね。その成立している姿が見えないから迷うんですけど。説得力を持つシーンにしていく為に、足りない要素はなにかと考えながら。その為には何回も見ないと分からないので、もう何回もやってもらいます(笑)。何も言わずに「もう一回やってください」と言う時もあります。とにかく何回も何回もやってもらって、わたしも何回も何回も見て、「んー変だね」ってなった所で止めて、分かった所から直していく。直すというか、分かったところから言っていく。役者からなにか出て来ることもあるし、繰り返すことで解消されることもあるので、敢えて手を出さないこともあります。

役者から演出を求められることはありませんか。

■筒井:役者が勝手に修正するじゃないですか。それで良くなることもあるし、これ以上進まんなって思ったら、どうかなってところから手を付けていく。

具体的に「こうしてください」ということはありますか。

■筒井:あります。それをどの時期に植え付け始めるかが重要で、あまり早い時期にやり過ぎると演技が固定されてしまうので。まずは繰り返しで解決することもあるかなって。最初のうちは全編通してばーってやっていって、次第に区切りを短くして何回も何回もやってもらう。わたしも役者の時には、もう一回やってって時に「次は何やったろうかな」と思うタイプなんですよ。あそこなんか変だったなと。役者も考えているだろうから、とりあえずほっとく。

最終的には固定させる方向に持っていきますか。

■筒井:そこが難しくて、ここは決まっていて欲しいなというところと、ここはここまで揺れても大丈夫だよって部分と。必ずこのルートを通って欲しい訳じゃなくって、このくらいの触れ幅を通って欲しいというのをどう実現したらいいのかが今の悩みですね。稽古場に居たらなにもしてないじゃんって思われるかもしれないけど、ずっと考えていて、これ言っていいものかどうか迷って、頭だけではぐるぐるしています。

柏木さんはなにか自身の演出の特徴はありますでしょうか。

■柏木:まず役者が『ちゃんと立つ』『嘘無く立つ』『いきいき立つ』。この三本がとにかく気になること、大切にしたいこと。これをずっと延々とやっていくんだろうなというのは、自分の演出のひとつの特徴だろうなと思います。そこに居るってことかもしれないですね。そこにこだわって演出している。まず最低限必要なこととしてこだわっています。あと、ぼくの演出にはパフォーマンスが入ってくることもあります。パフォーマンスと台詞がうまく融合して立ち上がってくる舞台にしたいなという思いです。

パフォーマンスというのはどのようなことをされるのでしょうか。

■柏木:コンテンポラリーダンスみたいなところから、言葉じゃないものを主体にしていく。でも、こういうことを伝えたいというのは毎回変わっていくのでなかなか難しいですね。

言葉じゃない表現で持っていく

これまでに演出するうえで影響を受けた作品はありますか。

■筒井:自分が触れてきた全ての作品です。絶対影響を受けています、知らず知らず。その中で最も感動したのは、ドイツで観た、ユルゲン・ゴッシュという演出家の『ワーニャ伯父さん』。あれは本当に感動しました。

どういう感じの演出だったのでしょうか。

第0楽章
第0楽章『あくびと風の威力』
撮影:Koji Ota

■筒井:すごくシンプルなんです。舞台は大きな箱のような舞台で、ほかにセットは何もない。その箱のなかで役としての俳優と待機してる俳優が同時に存在してて、中央のアクティングエリアではとても丁寧に作り込まれたドラマが展開されていきます。俳優がとにかく素晴らしかったことと、ドラマの描き方もさらっとかゆいところに手が届く演出で感動しました。箱というしつらえ以外は特別なことをなにもしていないように見えるんですけど、細かい部分をとてもよく作りこんである。だから観るものに優しいんですが、作るのはすごく難しいんだろうと思います。

■柏木:言語は。

■筒井:ドイツ語です。話は知っていたので。

■柏木:どんな感じで言語が入ってくるのでしょうか。

■筒井:ニュアンスだけが入ってくる感じです。言語がわからないからこそ逆に、俳優の身体とか声色とか目線とか、ちょっとしたしぐさから人物像がダイレクトに伝わってくるのがおもしろかったです。それぐらいよくできていたということだと思いますが。例えば、同じ演出家の『かもめ』ではアルカージナという大女優がチップをねだられたときに、一瞬財布の中身を確認する、というシーンがありました。台本にはなかったんですが。たったそれだけのことをやることで、アルカージナという人物にぐっと深みが増した。大女優だけど、お金あんまりないんだな、とか、想像がふくらんで、人間らしくてかわいらしいなと思えました。そういうところがたくさん仕込まれてあって。それを観た時に凄く感動しました。その後すぐ亡くなってしまったんですけど、演出家が。

■柏木:ぼくは芝居続けられているのを含めて木野花さんです。自分の芝居でもあるんですけど、ちょっと即興が入ったりするんですよ。「ここからここまで即興ね」って。木野さんって、人をそういう風にのせていって、結末に向かって作っていく。「人間って計算されつくされていないんだよ」っていう、彼女の大胆さ、ダイナミズムですね。あとひとつ、ぼくはどうしてもダンスが好きなので、ピナ・バウシュ。言語も使いながら作っていくんですけど、その作り方が面白い。ダンサーにインタビューしながら作っていく。それを言葉じゃない表現で持っていくというのは憧れますね。ダンス作りたいですね(笑)。

今回の作品でもそういう要素はありますか。

■柏木:今回は振付けが呼べないので、自分たちの出来る範囲で入れていこうかなと思っています。即興はちょっと考えています。田辺さんに怒られつつも(笑)。

喋らなくても語る身体

もしお互いを役者で使う場合、どんな役をさせてみたいですか。

■筒井:役者としての姿をそんなに見たことないのですが、ワークショップで見た印象では、無理のない演技をさらりとしはる感じですね。そういう技術を持った人はなかなかいない。殺人鬼の役とか面白いと思います(笑)。

■柏木:是非出て欲しいんですけど、失礼かもしれませんが、なにもないところに立っているだけの女性の役。たぶん立ってるだけで許される役者さんじゃないかなと思います。ちょっとダンサーっぽい感じもある。喋らなくても語る身体があるのが興味深い。喋らないのがいいと思う。

■筒井:わたしはなんでも好きなんですけど、ちょっと前までは無表情な役どころが多かったです。私生活ではずっと笑いなさいと言われ続けてきたんですけど。

■柏木:フェリーニの『道』みたいなのがいいなと思う。

■筒井:道は松田(正隆)さんが一番好きな映画らしくて、わたしがこういう顔だから使ってくれたのかなと思います(笑)。

ご自身でやってみたい役はありますか。

■筒井:こういう役をやりたいというのはないですね。なんでもやりたい。

■柏木:優しい人の役が来たことないんです。大抵元気で意地悪な役とか。普通に話をうんうんって聞くような役がない。普段と逆を求められることが多い。

■筒井:逆の方が説得力はありそうですね。逆のほうがバンって出るので。

一見くだらなく見えるものに光を当てられるかな

今回ひとつの作品をそれぞれが演出されるということですが、お互いを意識することはありますか。

■筒井:あります、それは。なにか思い付く度に向こうもやってたらどうだろうと思います。

その辺はどう処理していくのでしょうか。

■筒井:気にしない、しかないですね(笑)。でも考えないということは無理だと最近分かった。ただ、ミーティングをする度に違うというのが分かってきたので、思い切ってやったらいいかなと気持ちが傾いています。

■柏木:この企画自体が優劣を決めるものではないので、柏木の良い所、筒井さんの良い所、そして田辺戯曲が立ち上がってきて、こんなことでも面白いんだってことになればベスト。

それぞれ今後の活動でやっていきたいことがあれば教えてください。

■柏木:来年に新作公演を考えております。『建築家M』の東京公演も考えています。もったいないし。出会いがあったということで。

■筒井:わたしは演劇初心者たちが10人いる『劇研アクターズラボ』という企画の公演クラスを持っていまして、彼らに良い戯曲を書くというのがもっかの目標で。皆熱心に勉強しているので、毎回彼らに救われている感じです。演劇をやりたいという人が潜在的にこれだけいるというのが驚いたんですけど、その人たちの熱心さに応えるべく、来年1月の公演を良いものにする為に頑張っています。また、その人たちがひとりでもやっていけるようにというのがアクターズラボの主旨なので、その人たちを送り出す為にはどうしたらいいのかなというのを考えています。自分の作品も、わたしは戯曲を「書く」ということでがしたいのかはっきりしていないので、そこをさらっていきたいと思っています。基本的には、『人間の愚かさの肯定』というのはテーマとしてあります。人間のどうしようもない愚かな部分って生活のなかではなかなか受け入れがたいこともあるんですが、作品のなかでは逆にそこに光を当てられたらいいな、と思っています。

本日はありがとうございました。

■柏木・筒井:ありがとうございました。