中内こもるさん
劇団中内(仮)の中内こもるさん。演劇活動を中心しながらも、構成作家、ポエトリースラム日本代表、パワポカラオケ日本一という肩書きを持ち、最近ではイベントプロデュースもされたりと、不思議な魅力のある方です。この方がどんな考え方を持って活動されているのか、その片鱗が少しでも見えればとお話を伺って来ました。

綺麗なお姉さんに勧誘されたんですね

中内さんが演劇を始めたきっかけを教えてください。

■中内こもるさん(以下中内):元々は大学の演劇部に入部したことです。中京大学の『劇団いかづち』。それまで演劇に関わったことも無く、高知県出身で、こう言ってはなんですが当時は地元にそういう文化が無かった。大学入学で名古屋に来て、初めてこういうものがあるんだと知りました。中学は剣道、高校は柔道をやってて、いわば体育会系の出身なんですけど、大学でも運動部はちょっとしんどいなと思い、文化系のサークルにでも入ろうと思っていた所、綺麗なお姉さんに勧誘されたんですね。そこで下心もありつつ見学に行き、3日間の体験入部の最後に1時間で芝居を作ってみようというプログラムがあって、学芸会以来そういうものを初めてやったんですけどウケたんですね。それでこれは楽しいかもしれないなと思って入部しました。でも勧誘してくれた綺麗なお姉さんは4年生でもう部は引退してたんですけどね。

現在は芸名で活動されておられますが、芸名の由来はあるのでしょうか。

■中内:『中内』という苗字は本名なんですけど、演劇部の先輩から「『中』と『内』って凄くこもった名前だね」って言われまして。なんとなく中内こもるって面白い名前だと思いました。2年生の公演くらいからその名前で活動を始めました。

『劇団中内(仮)』はどういう経緯で生まれたのでしょうか。

■中内:作演出というのは大学ではやったことが無くて。その後卒業してから2年東京で活動してまた名古屋に戻って来るんですけど、というのも、『愛・地球博』の仕事が半年決まって。それが終わったらまた東京に戻ろうと思ってたんです。でもせっかくだから名古屋で一回好きなことをやろうかなと思い、大学の先輩後輩や、万博で一緒だった人と一緒にコント公演をやったんです。それでやっぱり名古屋は居心地が良くて。1回きりのつもりが2回、3回と……そのうちに生活出来るくらいの仕事があれば、こっちでやった方がいいなって。

実は場数を踏みたくて

東京の活動というのは芸人としてなのでしょうか。

■中内:いや、俳優としてですね。ぼくはよく芸人だと思われてるんですけど、芸人だと名乗ったことは一度も無いし、ぼくも芸人だとは思っていなくて。憧れはありますけど、自分なんぞが芸人を名乗るのはおこがましいというか。でもなろうとしたことはありました。大学卒業する時に就職か芸能の道かという段階で、やっぱり芸能の道と思った時に親を説得しないといけない。それで役者でも芸人でもいいから手当たり次第どこか入らなきゃということで、お笑いの事務所のオーディションを受けに行ったんです。そしたらオーディションの順番待ちの時に真っ赤な全身タイツを着た男とビッグバードみたいな着ぐるみを着た人に両サイドを挟まれ、これは自分は無理かもしれないなと。でもネタ見せをやったら声が出てると褒められて、役者の方がいいんじゃないと言われて。なら役者の方が芽があるのかなと。名古屋で月いちのお笑いライブに出ていたこともあったので芸人だと思われるのは仕方ないんですけど、それって実は場数を踏みたくて。演劇だと2〜3ヶ月稽古して、本番は3ステージとかじゃないですか。お笑いライブだったら一人コントにしてしまえば、自分一人で準備が出来て、月に1度はステージに立てると気付いて。なのでお笑いライブには『役者として』出ているつもりでした。

普段構成作家の仕事もされておられますが、どういうきっかけでなったのでしょうか。

■中内:クリアレイズという事務所にいるんですけど、最初はとにかく仕事が無い訳ですよ。そこで事務所の代表の多田木亮佑さんが新しいラジオ番組を始めるということで、誰かラジオドラマ書ける奴はいないかと。それで書いたこと無かったんですけど「書けます」と嘘を付いて。それで書けなかったら謝ればいいやと思って持っていったら採用されて、そのまま潜り込みました。

好きな人や本や映画、作品あれば教えてください。

■中内:藤子・F・不二雄が凄く好きで、その影響はあると思いますね。特に『ドラえもん』と『藤子・F・不二雄SF短編集』。あとは星新一とか。最初に劇団中内(仮)で書いた台本は星新一っぽいねと言われました。独裁者が自分のクローンを作ろうとするんだけど、うまくいかないというコントなんですけど。

ちょうどいい存在でいたいです

俳優として気を付けていることやこだわりがあれば教えてください。

■中内:邪魔にならないように、というのは思いますね。昔は主役をやりたいとかあったんですけど、今はピンポイントで出たりとか、端っこに居てボンヤリするような呼ばれ方が多くて。そういう時に作品の邪魔にならないように。自分が作演出じゃない所に行く時は特に。求められているものを出せれば。ちょうどいい存在でいたいです。そこで良い方向に少し飛び出れば次も呼ばれると思うので。あとはなるべく共演者の方と仲良くしたいなと思うんですけど、元々人見知りなのもあって、30超えたらその辺はどうでもよくなってきましたね。自然に任せようと。無理はよくない。

本を書く上でのこだわりはありますか。

■中内:元々作家をやりたいと思っていた訳ではないので、今でも違和感というか、しょっちゅう「向いてねえな」と思いながらやってるんですけど、自分が演じるものでない以上は分かりやすさを大事にしたいと思っています。読む人がなるべくストレスにならないように。でも未だに誤字脱字が多くて。しかもそれを指摘されるとムッとする癖がありまして。あれはどうすればいいんでしょうか。

台本は当て書きなのでしょうか。

■中内:基本そうですね。でも思っていた程その人が出来なかった時は苦労します。当て書いてみたけど当てが外れるみたいな。その時はなんとかして貰うか方向を変えていきます。割と思い込みで書いちゃうこともあるので、意外とそうじゃなかったという時はあります。

極端に器用か極端に不器用な人だといいなと思います

これまでにいくつか作品を観た感想で言いますと、日常と少しズレた感じが凄く面白くて、その辺にこだわりがあるのではと思っていました。

■中内:多分シチュエーションとか設定とか斬新なものが思いつけないので、基本的には有りモノなんですよね。駅で見送っているとか、病院の一室とか、食堂の会社員とか。誰かが絶対やっているシチュエーションでどれだけ見たことがない方向性に持っていけるか。その辺は気を付けてますね。0から1を作り出すのは難しいんですけど、でも1から10とか100にするのは比較的向いているのかなと思います。

演出を始め、普段講師の仕事もされておられますが、人に何か教えたり伝える時に意識されていることはありますか。

■中内:講師始めたりとか演出を始めた頃は、役者が10人いるとしたら「俺が10人いればいいのにな」とその立場の人が一番思っちゃいけない事を思っていたのですが、ごく最近ようやくそれじゃ駄目だと気付けました。一人一人の個性を活かせるように。だからなるべくネガティブな表現をしない。なんとか堪えて。1つ駄目出しする時は、2つ3つ褒めてからするように。

一緒に活動する上で持っていて欲しい能力があれば教えてください。

■中内:極端に器用か極端に不器用な人だといいなと思います。それだったらやりようがあるんですけど。でもぼくなんかと一緒にやってくれるなら贅沢は言わないですけどね。

演劇を活かしていけるようなものを探していけたら

今後やってみたいことがあれば教えてください。

■中内:劇団を大きくしたりツアーをしたりというのは実はあまり無くて。それが出来る方は他にもいらっしゃるので。自分の演技力を高く評価していなくて、全てがそこそこだと思っていて。でもポエトリースラムで日本代表になったりとか、パワポカラオケで日本一になったり、多分演劇だけをしていたら見えなかった景色や経験もあるんですけど、でも根本にあるのは演劇で培ってきたものなんです。なので、演劇を活かしていけるようなものを探していけたらなと思っています。構成作家という仕事柄、面白い人、イベントを探すというのは日常的にやっているので。また、自分で始めた『即興演劇バトルTHE SAN-DAI』では色々な所に行きたいなと思っています。自分の能力云々じゃなくて、各地の面白い人と出会いたいというのがあるので。本当は地元の高知でやりたいんです。演劇公演で凱旋はちょっと厳しそうですが、これならいけるんじゃないかと。

演劇の面白さ、魅力を教えてください。

■中内:一時期演劇の効率の悪さが嫌だった時があったんです。でも時間を掛けて積み上げてきたなりの結果がそこに出るというのも何度も経験しまして、最近そこが楽しいなとまた思い始めました。辞めるのも勇気が要りますし。もうやるしかないって所もあるんですけどね。それとまだ演劇では一等賞が獲れてないんですね。多分これからも獲れないんだろうなとも思うんですけど、でもまあ続けてていいんだろうなとも思うし。だからこそ続けていけるのかなと思います。そのうちいい事あるかもしれないし。

他に言い足りないことがあれば。

■中内:せっかくなので『中内こもる=芸人』というイメージがこれで払拭されればと思います。ただちょっと「面白い」と思われたい人なんです。面倒くさくてすみません。