天野順一朗さん
劇団「放電家族」の天野順一朗さん。劇団では主宰をしながら脚本、演出、出演を担当し、芸人の顔も持ち、様々な営業や演劇講師等も同時にこなしている非常に器用な方です。それ故に立場や視点の切り替え等をどのようにしているのか、色々とお話を伺って参りました。
ボロクソ言われてムカついて

天野さんが演劇を始める最初にきっかけを教えてください。

■天野順一朗さん(以下天野):中学まで野球をやっていたんですが、怪我で硬式が出来なくなって。それで高校では女の子がいる部活がいいなと。ずっと野郎ばっかりの世界にいたので。そこで第一希望を演劇部と書いたら通ってしまって。20年くらい部員が存在しなかった演劇部で、ぼく一人しかいなかった。それで他の運動部から凄く馬鹿にされてムカついて、他に男の子を5人くらい集めてスタートしました。それから3年の時に愛知県代表になって、中部大会でボロクソ言われてムカついて、そのまま続けている感じです。

当時の作演出は自身でやっていたのでしょうか。

■天野:誰もいなかったから自分がやるしかなかった。そもそも男5人に当てはまる芝居が無かったんです。だから書くしかなかった。

そこから劇団立ち上げに至る経緯を教えてください。

■天野:中京大学の教養の授業でホームページを作ろうというものがあって、ぼくと不動湧心で劇団のホームページを作ろうと。名前も適当に決めたんです。ぼくが『放電』、湧心くんが『家族』と考えて。そしてあんまりインターネットのことも分からずにアップロードしたら団員募集に人が来ちゃって。それでやんなきゃいけなくなってしまって始めました。だから元々やる気は無かったんです。

劇団名はそこが由来だったんですね。

■天野:単語帳に色々書いていってそこから絞っていきました。もうひとつ『味噌子女』というのもあって、当時付き合ってた子に「どちらが面白いと思う」と聞いたら味噌子女と言われたので放電家族にしました。

思い出の曲は全部ナンバーガールです

これまでに影響を受けた人物や作品があれば教えてください。

■天野:一番はナンバーガールってバンドの向井秀徳さん。中学校1年くらいの時にメジャーデビューしたのかな。ジャケ買いして。そしたらショックで。当時はミスチルとかKinKi Kidsとかそういう時代に。それを聴いてしまって、これはヤバイなと。最初バックの音が大きくて何言ってるのか分からなかったんですけど、聴いていったら歌詞がイカれていて。解散するまでずっとナンバーガールしか聴いていないです。その期間の思い出の曲は全部ナンバーガールです。あと、自分にとって欠かせない人は何人かいます。演劇部の顧問もそうですけど、中内こもるさんと、どっかんプロの社長のロコモコボンゴ!のFISHさん。自分がこの世界に飛び込むきっかけを作ってくれた。演出家として影響を与えているのはニットキャップシアターのごまのはえさん。あとは天然求心力アルファの山口純さんと川崎稚子さん。このお二人は演劇が仕事になるってことを教えてくれました。そして佃典彦さんと鹿目由紀さん。鹿目さんはぼくとテレビを繋いでくれて、佃さんはぼくを弟子にしてくれた。

服を着替えているようなものだから

作品のアイデアはどういう所から生まれますか。

■天野:こういうのを作りたい、というのがあまり無くて。ディストピアですね。こうなったら嫌だなの積み重ね。夢を諦めないといけないとか、人が死ぬとか。そういうものを積み上げて書いていく。

その書き方だと書きながら嫌になってきませんか。

■天野:嫌になりますよ、物凄く。楽しくないから一気に書き上げないといけない。自分がハッピーなものって自分だけがハッピーになっちゃうかもしれない。だから自分がハッピーじゃないところでどうハッピーに過ごすかを考えて仕上げていく感じですね。最近はウケるものを書くようにはしてますけど。昔のものを再演したりするとうわーってなりますね。

芸人としても活躍されていますが、芝居とお笑いの相違点を教えてください。

■天野:基本的には一緒だと思います。うちの役者に求めるものも、芝居という芸だと思うので。根本は全く一緒です。ただどちらに対しても覚悟が無いと出来ないとは思っています。

ふたつの仕事を同時進行でやっていくことに対して、大変さはありませんか。

■天野:いや、全然無いです。切り替えて考えている人はしんどいかもしれませんが、ぼくは服を着替えているようなものだから。求められていることをやるだけです。見られ方が変わっているだけですね。

うちのタレントをどうプレゼンするのか

演出する上で最も重要視していることはなんですか。

■天野:一緒の所に居ないことですね、感覚的に。ぼくは作演出しながら出演もしているので、気を付けていないと舞台の上での視点になってしまう。それは役者がベースになっているからそうなっちゃうんですけど、目だけは客席に置いておかないとつまらなくなってしまう。自分は『こういうものを見せたい』というのが他の人に比べたら薄いんですけど、『こういうものが見たい』という欲求は強い。だから自分が客席にいなくなっちゃうと駄目ですね。あと大事なのは待つことですね。言わない。喋れない子がいたら20分でも30分でも待つ。それは苦でもなんでもないので。その子が喋るまで待つ。演技をするまで待つ。そうすると自分がしたいことをしてくれるようになる。

舞台上にいながら客席の目線を維持するのは実際にやるとかなり難しいと思うのですが、どのようにコントロールしていますか。

■天野:自分が駄目になっちゃう時って、『自分がこう見せたい』ってなった時だと思うんです。放電家族の公演ってそれ自体が目標じゃなくて、うちのタレントをどうプレゼンするのか。だから感覚としてはマネージャーに近い。自分自身をこうプレゼンしたいというのがないとナルシズムになってしまうので。自分を商品として見て、どうしたら一番魅力的に見えるのか、買い手が付くのか。

演出家にとって一番重要な能力はなんでしょうか。

■天野:バランスじゃないですかね。そこが一番だと思います。自分はこういうのを見たい。でもそれが一般的に見てマイノリティだなと思ったら、こうした方がマジョリティに受け入れられるんじゃないかということ。どっち側に傾いていても駄目で。その感覚が一番重要なんじゃないかと思います。まずは劇団員だと思うんです。俺は自分が書きたい本を書いてる訳じゃないので、自分の劇団員たちが面白いと言って貰えるものを書かないといけない。うちはよく「燃費悪いね」って言うんですけど、これだけ踏み込んでおいて感情が動かないとか笑わないとか、そういう所は修正しますね。なので結構差し込みとか差し替えは多いです。一稿が出来たら芝居作りと改定を同時にやる感じです。一稿が出来たらゴールは見えたので、あとはトライアンドエラーです。

一緒にいる方に対して、持っていて欲しい能力はありますか。

■天野:人間力だと思います。なんでも。芝居って常に誰かがいるじゃないですか。一人芝居でもお客さんや見えない誰かとの会話だったり。先程名前を上げていなかったんですが、多田木亮佑さんと芝居をしていて凄く怒られたことがあって、「天野と俺のこの真ん中の空間が芝居なんだから、そこを作らないと駄目だよ」って。その懐の深さ。でもそこまでいけるのはキャリアの積み重ねがあったからだと思うんです。だからまずうちの劇団員に求めるのは、演技の上手い下手ではなく人間的にどうか。同じ位の演技力なら人間力が高い方が仕事貰えるので。常に仕事にしていくのであれば人間性だと思います。いい人である必要はないと思いますが。

その瞬間瞬間を人に見られている

演劇の面白さ、魅力をどこに感じていますか。

■天野:目の前に人がいるってことですかね。演るにしろ観るにしろ。フィルターが無いじゃないですか。テレビの現場とか行って気付いたのは、以前はテレビの方が失敗出来る感じがあったんですよ、撮り直せるから。でも逆だなと思いました。テレビの方が失敗出来ない。どこで流れるのか分からないままそのシーンが撮るじゃないですか。それでなんとなくの気持ちでやって、編集されたものが流れると取り返しがつかない。でも舞台だと取り返せる。どれだけ噛もうが間違えようが。先程人間力っていいましたけど、そこで人間力の高い人間は取り返せるし、低い人は取り返せない。甘いし厳しいんですよね。その瞬間瞬間を人に見られているのが面白いと思います。

今後天野さんがやっていきたいことがあれば教えてください。

■天野:劇団が今年10周年でもう次のターンに入っていて、近い連中とかに「こういうことやります」と言うと「結構攻めますね」とか言われるんですけど、なんらそんなことなくて。それは勝負でもなんでもなくて、10年間やってきたことがあるからなんでも出来ると思っています。たまにアンケートに団体の作品の方向性が分からないとか毎回作風が違うとか書かれるんですけど、でも出来ることをやっていても意味が無いから。ゴリゴリのエンタメとか2.5次元とか。今までやったことが無いことを放電家族がやるとこうなるというプレゼンをどんどんこの10年間していきたいと思っています。作品自体は4年先まで決まっています。展開としてこれをやるというのは組んでいて、順番に書いているだけです。

他になにか言い足りないことがあれば。

■天野:思うのは、もっと年下の子がガツガツ出て欲しいですよね。劇団っていうものを持ちたがらない。ユニットばかりだし、劇場でやりたがらない。それは面白いし、その子たちに覚悟が無いとは思わないけど、ちゃんと劇団を持つ奴が出て欲しい。それで少なくても5年以上は活動するような団体。そこからな気がします。ぼくも同世代が沢山いて、どんどん辞めていって諦めが悪い奴だけ残ってるんだけど。そうなっていく訳だから。やったらいいんですよね。気軽な感じもいいんだけど。覚悟を持ってやっていって欲しいと思っています。