松井真人さん
劇団あおきりみかんの俳優、松井真人さん。看板俳優として活躍される裏側では物凄い努力をされていながらも、その一方で子供のように楽しそうに演劇を語るところもあったり、根底には演劇が好きで堪らないんだろうというのが非常に伝わったインタビューでした。

様子を見るとかぼくの人生では無いから

最初に松井さんが演劇を始めたきっかけを教えてください。

■松井真人さん(以下松井):中学の時に好きだった女の子が演劇部を作るみたいな話があったんです。でも作るには『その子の作る芝居が面白くないといけない』と生徒会で決まって、音楽室でプレの芝居をすることになり、ぼくは委員長をやっていたので審査する側だったんです。東山動物園に来たカップルがボートに乗ると別れるみたいな、親のスーツを着てやっているような作品で「どうなの?」という意見もあったんですけど、ぼくには凄く面白かった。素敵だなと思って。それが多分ぼくの無意識に演劇への興味を作ったんだと思います。だいぶ後になるんですけど、大学で演劇部に入りました。

どちらの大学に入られたのでしょうか。

■松井:名城大学の劇団獅子です。でも最初は演劇部に入るつもりは無かったんです。当時は個人競技に興味があって合気道部に入ろうと思ってて。でも友達が演劇部を見たいと言って、付き添いで見学に行ったんです。ゴールデンウィーク前で入部の時期的には結構遅かったんですけど、行ったら部室に、当時4年生で今はスクイジーズで活躍されてる関戸哲也さんがいらっしゃって、「練習は週に2回か3回くらいだから」と言われて勢いで入部したんです、そんなに大変そうじゃないかなって。そしたら全然週2じゃなかったんですけど(笑)。で入部して数日後に、出演する予定だった先輩がたまたま一人出れなくなって、部活の会議で「新入生で誰か出演したい奴はいないか」と。で十数人新入生が居た中で、手を挙げたのが僕だけで。皆様子を見ていたんですけど、様子を見るとかぼくの人生では無いから。そしたら週6とか週7なわけですよ、稽古が(笑)。毎日夕方の4時から夜の10時まで稽古があって、土日は9時から10時です、1時間じゃないですよ。それでその後に自主練が深夜の1時くらい。その後は朝まで演技論を戦わせたり。それが僕の初舞台です。そんな風に1本目が終わり、2本目は学祭で鴻上尚史さんの『ビー・ヒア・ナウ』をやったんです。めちゃくちゃ稽古したんですけど、やっぱりなんだかアンケートに厳しい意見を書かれるわけです。それが凄い悔しくて。打ち上げが終わった後、涙が止まらなくて、パチンコ屋の駐車場で。泣く時っていくつかあるんですけど、あんな風に涙が出たのはあの一回かなぁ、拭いても拭いても止まらないし。で、大学2年になって芝居で食っていくと決めました。これにかけて人生を棒に振っても悔いは無いと覚悟をしたのがその時です。

一緒にやっていく作家か演出家を探しなさい

そこから『あおきりみかん』に入られるまでの経緯を教えてください。

■松井:大学の先輩に劇団B級遊劇隊の佃典彦さんがいるんですけど、たまたまお話しする機会があった時に「ぼくは役者で食っていきたいんです」と言ったら、「俳優一人では無理だから、一緒にやっていく作家か演出家を探しなさい」って言われたんです。それはもっともだと思って。佃さんのその言葉はすごい響いて。それからビデオを含めて100本くらい芝居を観て、そこで衝撃を受けたのが当時の南山大学演劇部HI−SECO企画にいた鹿目が書いた『今宵あなたに』だったんです。日曜の昼に観に行って、夜にデートの約束があったんですけど断って、花束を買ってもう一度観に行きました。学生劇団にちょっと諦めていたところもあったんです。うまい人が抜けてまた新しい人が入ってくるというシステムで面白いものは作れないって。だから最初はそういう目で観ていたんです、他のお客さんは笑ってるけど僕は笑わないぞ!みたいな…ひねくれた20才でした。でももう途中から大笑いで、終わりの時にはこんな面白いものがあるんだ!って思って。それでこの人と芝居をやりたいと思ってHI-SECOに行ったら既に卒業していて(笑)。でも冬にプロデュース公演の企画があったんです。頼みました、「出してください」と頭を下げて。七ツ寺のすぐ近くの吉牛かな。そこが始まりですね。『今宵あなたに』はすっごく面白かった。いま観てもものすごく面白いと思います。

ステレオタイプのマジョリティを演じても仕方が無い

これまでで最も影響を受けた人物や作品を教えてください。

■松井:スタニスラフスキーかなあ、一番は。凄く影響を受けていると思います。毎年『俳優修行』を蛍光マーカーで線引きながら読むんですけど、年ごとにライン引くところが違って、もうぐっちゃぐちゃになって。今家にあるのは2代目の『俳優修行』です。かなり助けてもらってる気がしてます。それから劇団員の鹿目にはかなり影響を受けていますね。向こうはどう思っているかはわからないですけど(笑)。あとは鴻上尚史さん。それと鐘下辰男さん。鐘下さんに7、8年前にAAF戯曲賞の公開審査が終わった後、「演劇ってなんだと思いますか」って話をした時に『変化』と言われていて。鐘下さんがどういうつもりで言ったのかは分かりませんが、ぼくが後から解釈したのは、影響を受け合うということ。舞台上のわたしとあなたもだし、観客と俳優でもあるだろうし、作家と俳優でもあるだろうし。それを観たいのかなって。それは今でもぼくの中ではとても大切にしていることです。それから、舞台の共演者にはすごく影響を受けています。私とあなたの間に秘密が共有できるような…魂が触れ合えたような感覚を受ける俳優さんからの影響や、ぼくをくやしがらせてくれる俳優さんは、ぼくの人生をとても豊かにしてくれていると感じています。

役作りをする上で気を付けていることはありますか。

■松井:役作りということが事前準備という位置付けだとするのであれば、取材です。役作りのシステムは色々あると思います。まずは台本を3回読んで、自分が自分について語っている台詞と、他者が自分について語っている台詞を全て抜き出して、台本から読み取れる『5W』を抜き出します。年齢性別、政治的背景、経済状況、性的経験、病気の有無や宗教的経験など個人的な部分、季節、時間、町の大きさ、窓の有無や光の射し込む方向、気温、曜日などを台本に沿う形で決めていきます。そういう当然のことをやった上でですけど、取材することで演技にツヤが出ることってあると思ってます。例えば「疲れた」という台詞の場合、どこが疲れたのか。前に歯医者の役をやった時があるんですけど、「疲れた」って伸びをする芝居をするとするじゃないですか。じゃあ身体のどこを伸ばすのってことになる。それは自分の中からは出てこない、分からないですから。なんとなく肩を回したり腕を伸ばしたりとしか選択の幅も理由もないわけです。この状態の表現がクセだと思っていて。でも歯医者さんに取材にいけば、首や目が疲れるという返事がくるわけです。じゃあそれがある一人の歯医者さんの意見だとわかった上で、自分はどうするのかと。選択を重ねて、表現をクセから演技にしていく過程です。そういう細かいディティールの積み重ねが役作りじゃないかな。自信を持って稽古場で「ぼくはこういう理由でこういう芝居をしています」と言えるのが大事だと思うので。その上で演出が「それじゃ伝わらないので変えてみようか」とか、「この役同士の関係性の発展を考えたら、いまの芝居より面白い表現があるんじゃないか」と、建設的な稽古が出来る。ステレオタイプのマジョリティを演じても仕方が無い。僕たちはある特定の個人を演じないといけないので。他にもチェーホフの『三人姉妹』だったらロシアのことを調べないといけないですよね。家と家との距離がどのくらいであるとか、気温が何度で日の出日の入りが何時とか。人に会った時の感動も今とは当然違うわけだし。経済状況や世界情勢なら、例えば三人姉妹の舞台が行われる数年前に皇帝の暗殺事件があって社会が不安定であるとか。そしてその不安定さは私の職業にどういう影響を与えているのかとかですかね。『12人の怒れる男』の稽古のときに、8号は建築家なんですけど、やっぱり家の土台が数ミリでもずれたら家が建たない職業だから、やっぱりあそこまでディティールにこだわるんじゃないかって言われたのが発端ですかね、取材の。だからそういうことは調べますね。じゃないと一流の演出家とは戦えないと思います。一緒に物を作るのに、教えて貰うようになってしまうじゃないですか。だから演出家の提示した資料より先に他の資料を読みますね。演出家の資料は自分の買ったものより後に読みます。そうしないと演出を越えられない気がして。演出家の大切にしたい部分は話してくれたりすることも多いですし、稽古場で、おいしいところから。だから別のものをインプットして稽古にいきます。当然出された資料も読みますけど、まずは自分の資料かな。

そんな都合の良いことはもう思わない

俳優として自分にしかない特徴があれば教えてください。

■松井:自分に"しか"ないものと言われたら声とルックスだけですね。優れているという意味ではなく、ただ客観的に声とルックスは基本一人に一つの対応だと考えています。"しか"じゃなくて、自分の特徴という事でいいなら『才能が無いところ』だと思います。なんというか、それを自覚せざるを得なかったです。20代のころ同世代の俳優に凄いコンプレックスがあって、なんでぼくには華がないんだろうとか、どうしてあんなに強く思えないんだろうとか、勝てないなって。でも負けていいと思う日は一日もなくて、毎日鬱屈として芝居してました。でも当時のぼくはそんな中でも楽観的というか無自覚だったんです、自分に。劇団で稽古していればいつか芽が出るんじゃないかとか、いつか誰かが認めてくれて良いことがあるんじゃないかとか、漠然と思っていたんです。でもある日、違うなって。どうせいつか死ぬ事は決まってて、死ぬ日から逆算してることに気づかずに、毎日を薄めて生きてるなって。自分の人生に対して漠然とした態度をとってると思って。才能が無いところはちゃんと稽古しようって。それが自分の演劇の、俳優としてのスタートです。薄い皮を貼り合わせるように技術を手に入れていって、技術職としての俳優を突き詰めていけば、どこかで壁にぶち当たる。それがもしかしたら才能の壁かもしれない。でもそんな事は、才能が必要なくらい高いレベルまで自分が行ってから悩もうと。それに今は表現から感情を手にいれる為の稽古をしているから、その才能すら技術で手に入れられるのではないかと思っています。役の気持ちに一体化することとか、強く思い込むことが出来るのは凄い才能というか、疑うこと無く出来るのは凄いなぁとずっと思ってて。でもぼくはそれが出来なくって。器用貧乏というか、自分には色も華もない。才能がない。だからもう才能が無い事を認めて稽古しようと思ったのがぼくの特徴だと思います。本当ね、ぼくお芝居下手ですよ。頭でっかちで。でも、人より早く稽古場に行って、稽古が上手くいかなかったら残って稽古する。それでも駄目だったらなんで出来ないんだって思ったらいい。でもそんなこともやらずに皆と同じように稽古場に来て、同じように稽古をして、『自分は出来ない』と思うことほど傲慢なことは無いと思う。自分は才能を持っているとか、人と同じ稽古をして人よりうまくなれるだなんてそんな都合の良いことはもう思わない。ぼくは稽古場で一番稽古時間が長い俳優でありたい。だからうちの劇団員は呼び出されて本読みとか付き合わされています…ありがとう。それから、一人の自主練はサボってしまう事にも早い段階で気がつきました…それからは誰かを誘って一緒にやるようにしています。意思の弱さに気づく、それも良かったことですね(笑)。

世界一の俳優と一緒にやりたいです

好きに選べるとしたらどんな役をやってみたいでしょうか。

■松井:『ヴェニスの商人』のシャイロックと、『海と日傘』の洋次、『今宵あなたに』の頂介。この3つです。どれも挑戦してみたいです。シャイロックって凄く良い役だと思うんです。「証文通りだ」って言いたいです。松田正隆さんの『海と日傘』も深山義夫さんがやっていて、いつかチャレンジしてみたい。あとは頂介をそろそろやりたい。年齢的にも限界なので。でも鹿目は再演の話が出るたびに「新作の方が面白いから新作やろうよ」って言うんです。そう言われると、僕も「新作やろう」となっちゃうのでなかなか実現しないです(笑)。

共に演劇活動をする上で相手に持っていて欲しい能力や要素があれば教えてください。

■松井:向上心。それと自分なりの芸術的判断です。

それは松井さんと異なる芸術的視点を持っていても。

■松井:むしろ違う方がいいです。同じ意見の人とやるより面白いじゃないですか、有意義って言うか。基本的には会議なんかでも違う意見を出す人の方がいいです。そういうものじゃないですかね、演劇って。違う意見を持った上で人の意見に耳を貸す事が出来るといいと思います、頑固と隣り合わせの柔軟さと信念や哲学っていうのは難しいですけど。ぼくは俳優の個人的な芸術的判断は凄く大事だと思う。基本どの作品も学ぶつもりで取り組んでいませんから。結果学びますし、学ぶつもりがないとか人の意見に耳を貸さないという意味じゃなくて…一緒にものを作りに行ってますから、どんな現場でも。まずは「一緒にものを作ろう」って人とやりたいです。いつでも世界一の俳優と一緒にやりたいです。自分よりうまい人とやりたい。稽古場で自分が一番下手なのはとっても素敵な環境ですよね。世界一って言える俳優はなかなかいないと思いますけど、その役については自分が世界一だって言えるようにぼくも取り組みたい。

舞台の上が一番良い客席だと思うんです

演劇の魅力や面白さをどこに感じますか。

■松井:うまくいかないところ。超難しくて。なかなかうまくいかなくて。そこが面白いです。何よりも一人で出来ないところが面白い。わたしとあなたの間にある芸術っていうところが面白いです。自分一人では出ない声が出るじゃないですか。家で一人で台本読んでても絶対に出ないような声が出る。あなたがいるだけで言わせて貰える、そこが大好きです。前に凄く華のある方と二人芝居をして。それでこの人とどういう芝居をやったらいいのかと思い、真っ向からぶつかっても駄目だし、相手の話を聞こうと。結果その芝居が評判が良くって。それで思ったんです。二人で作ればいいんだって。ぼくが良く見える必要はないって。相手が良く見えることで結果自分も良く見えるし。ぼくは誰に褒められると一番嬉しいかというと共演者さんなんです。舞台の上が一番良い客席だと思うんです。特等席ですよね。だから共演者に「良かったです」と言われたらそれより良いことは無い。「松井くんは舞台上でいつも正しい」って言われたい。過不足無く、いつもただあなたと芝居がしたい。演劇の面白さはそこかなあ。

他に言い忘れたことがあれば。

■松井:家族とか、付き合ってきた彼女とか、友達とか、一緒にやってきた共演者とか、演出家とか、スタッフさんとか、とかとか、その全てがぼくを形作ってくれていると思うんです。それに凄く感謝してます。あなたたちとの感動のすべてが今の僕をつくってくれています。自分も誰かにとってそうなれたらいいなって思っています。どうせいつか死ぬんですけど、なるべくなら生き続けたい。大きな感動は脳の回路を増やすらしいんです、どの年になっても。脳の回路が増えるって生まれ変わりじゃないですか、そう思うんです。そういう生まれ変わりを繰り返して今の自分があるから、これまで一緒にやってきてくれた人に、大きな感動を分かち合った人たちにありがとうございますって思います。という事で、これからもっと上手になるので是非またご一緒させてください。是非色々お誘い頂いて色々な経験をさせてください。…これだと売り込みですね (笑)。

ありがとうございました。

■松井:ありがとうございました。