杉原邦生さん
京都を中心に活動している、演出家の杉原邦生さん。とにかく明るい方で、その類い稀な行動力とポジティブな姿勢は、関わる人全てを前向きにしてくれる気がしました。やること全てスケールが大きいです。お祭好き、というのは伊達ではありません。
行事王って呼ばれてたんですけど

杉原さんが演劇を始めたきっかけを教えてください。

■杉原邦生さん(以下杉原):きっかけは高校の文化祭とか学校行事ですね。高校時代は学校をよくサボっていて、行事の時だけちゃんと行く。行事王って呼ばれてたんですけど(笑)。とりあえず俺がいれば盛り上がるみたいな。また、お母さんが歌舞伎とかバレエが好きだったので、小さい頃から地元の市民会館での公演にはよく行っていました。あと、劇団四季も観に行っていましたね。自分がCMを観て「観たい」と言ったものにも必ず連れていってくれた。たぶんそういう教育方針だったんだと思います。具体的に仕事にしていくというのを考え始めたのは、高校3年生ですね。体育祭と文化祭は隔年で、3年の時は体育祭だったんですけど、その時はもうヤバくて、朝5時の始発で出かけて、授業が終わっても夜遅くまで準備して。そんな日々の繰り返しで、もうこのまま死んでもいいやってくらい燃え尽きた。色々な人とひとつの目標に向かって努力すること、それによって生まれる喜怒哀楽全部、嬉しいこともしんどい事もすげえハッピー、それが仕事に出来たら最高だ、と思って、そういう大学に行った。でも、絵を描くのが好きだったので、最初は舞台美術家になろうと思ってたんですけどね。けど大学に入って、間違った、と最初は思いました。全然知らなかったんです。太田省吾さんとか、宮沢章夫さんとか、山田せつ子さんとか。誰も知らなくて。最初は劣等感、こんなはずじゃなかったという感じでした。

美術から演出にシフトしたきっかけはありますか。

■杉原:もともと失敗した、というところから始まって、それはなんでかというと、ぼくは舞台のことを全然知らなかったから。周りは知っていて、自分は何も知らない。無知というコンプレックスから始まった。でもぼくは凄い負けず嫌いで、とにかく自分がナンバー1じゃないと嫌だった。そこでぼくは目標を立てて、ぼくはこの大学を1番になって卒業すると。それが出来なきゃ、大学という枠で1番になれなきゃ、有名になんてなれない。芝居でお金なんて稼げないと思った。当時ぼくは何も知らなかったので、先生の言うことも鵜呑みに出来た。「舞台を観ることが1番の勉強だ」と言われ、それをするにはお金が掛かるので、じゃあバイトしようと。そしてバイト代を全てチケット代に注ぎ込んで。今でもそうなんですけど、年間100本は芝居を観ています。京都に来てから1200本くらい観てます。でもそのうちに観ただけじゃ駄目だと思って。流れていっちゃうから。だから自分でノートを作って、そこに観た舞台のスケッチを描いて、ここが良かった、ここが悪かったって。今でもそのノートあるんだけど、今読むと超しょぼくって。どこ観てんだよって感じなんですけど(笑)。それが財産になっていって。で、それをずっと続けていくうちに、舞台美術の視点から、音の設計とか俳優の立ち位置とか、照明の入れ方を考えたらもっと作品の精度が上がるのになって思って。それをまとめられるのは美術ではない、演出家だな、と思って。それがきっかけです。

最初だからといって小さいところからやるのは嫌だし

初めての演出はどういう作品だったのでしょうか。

■杉原:初めてやったのは大学の3年生です。『teuto』というカンパニーがあって、それは大学の同期がテキストを書いて、ぼくが演出をする。詩的なテキストをダンスとパフォーマンスでつくる。パフォーマンス寄りなものをつくっていました。あと、最初の演出が、『春秋座』というぼくが通っていた大学にある劇場だったんですよ。800人くらい入る。でも最初だからといって小さいところからやるのは嫌だし、学費払ってるんだからタダで使えるじゃんって。それで春秋座に企画書持っていったら「そんなの使わせられない」と言われたんだけど、何度も書き直して持っていって、説得してやらせて頂いて、そこで初演出して。評判良かったんだけど、皆「テキストが良かった」って評価だったんです。でも太田省吾さんだけは「君の演出が良かった」と言ってくださって、それで続けてみようかと。

太田省吾さんからの評価が大きかったんですね。

■杉原:それがひとつの自信になった。初めて演劇をやっている人に褒められたというのは大きかったです。

空間を共有できていないと面白くないから

これまでに影響を受けた作品や人物はありますでしょうか。

■杉原:ぼくが「演劇って自由だな」と思ったのは、授業で観た、蜷川幸雄さんの『王女メディア』。それを観て、自分の考えていたギリシア悲劇と全然違っていたから、演出でこれだけ変えてもいいんだと思って。演出って面白いんだなと思ったのは、凄く覚えています。今でも蜷川幸雄さんの作品は全部観ています。あの人がいなかったら日本の演劇界はもっと違っていただろうと思うし、あれだけの人を動かせる、ポジションを維持しているということ自体が凄い。そのエネルギーが凄い。尊敬しています。蜷川幸雄さんの存在はぼくの中で大きいですね。

演出するうえで重視していることがあれば教えてください。

■杉原:ぼくもお客さんもテンションが上がるというのが重要です。ぼくがテンション上がる作品をつくれば、お客さんもテンションが上がると信じています。で、テンションが上がって、劇場空間が一体になるのが大事。それはお客さんを巻き込むということだけではなく、空間とつくり手側、俳優もそうだし、ぼくもそうだし、空間を共有していることが認識出来る、ということがぼくの作品では凄く重要。それが出来ないと演劇の魅力はないなと思います。作品内容がダークだったりしても、最終的にハッピーな気分でお客様が帰ってくれることがぼくにとって重要なんです。そしてそういう作品をつくることがぼくのやりたいこと。もちろん伝えたいこともあるけど。なんかライブ感ですね。ライブって数万人が一斉に盛り上がるじゃないですか。それって演劇でも出来るはずだし、ただ単純にわーって盛り上がるだけじゃなく、空間を共有できていないと面白くないから。ぼくはそれをしたいなって思っています。

たくさんの脳で考えたほうが絶対面白い作品が出来る

演出の持つ作品イメージを役者や座組にどのように伝えていきますか。

■杉原:ぼくはひとつの脳で考えていくより、たくさんの脳で考えたほうが絶対面白い作品が出来ると思っています。だからぼくの指示通りに動くことが必ずしも良い作品をつくることとは考えていないんですよ。俳優が、具体的に本を読んで、そこで意見がぶつかったら話し合って、いっぱいの脳味噌で考えていくほうがぼくは楽しいし、それが有意義だなって思える。俳優が作品に対して乗っていることが重要なんです。俳優が乗っていればお客さんも乗ってくるので、俳優をどう乗せていくかということを考えているかな。結構稽古場でテンション高いです。「いくぜ」って感じ。俳優さんにもよるけど、「来て!来て!」ってやりますね。

役者さんの中には乗るのが苦手な方もいると思いますが、そういう方にはどのように演出しますか。

■杉原:そうですね。全員そういうテンションの人を選ぶとお客さんも疲れちゃうので(笑)、そこは俳優さんに合わせていますね。それが仕事だし。

一緒に芝居を作るうえで、こういう能力があると嬉しい、というのはありますでしょうか。

■杉原:何事にもポジティブな人がいいですね。ポジティブであればどんな人でもいい。否定から入らない人。とりあえずやってみようよ。いいよねって。ポジティブに試していける人。

演劇をしていて楽しいこと、辛いことがあれば教えてください。

■杉原:全部楽しい(笑)。でも本番だよね。お客さんと一緒に空間を共有しているのが楽しいですね。辛いことは、まあ、演劇を続けること自体がしんどいことではあるので、あまり考えたことはないんですけど。ミュージックステーションが見れない(笑)。テレビが見れない。買い物に行けないことくらい。俳優に合わせなきゃいけないので。高校時代はリアルタイムで見てたな。どうでもいいんですけど(笑)。

人が人のことを思いやれるような作品になったらいいな

演劇で表現したいことがあれば教えてください。

■杉原:表現したいことは作品によって変わります。でも、なんの為に演劇をやってるかというと、気持ち悪いと思われるかもしれないけど、ぼくは少なからず世界平和の為にやっていると思っていて。なんでかというと、演劇って人を描くことだと思うから、ぼくの作品を観た人が、「もうちょっと人のこと考えよう」とか、「周りの人たちを大切にしよう」「思いやりを持とう」と思ってくれて、それが連鎖していったら良いなって。結局人のこと考えていないから、思いやりがないから、色々なことがマイナスになっていくと思うんです。身近な人間関係のこともそうだし、社会のこともそうだし。だから、人が人のことを思いやれるような作品になったらいいなって思うんです。「思いやる」って言うと重いけど、人が人のことを考えるきっかけ、自分を含めてですけど、そうなったらそれは演劇が在る意味になるというか。そういうことを目標にしてやらないと続けられない。そういうこと無しには社会に向かって表現できないとぼくは思っていて。だからそういう風に言っている、という訳ではないんですけど、ぼくは単純にそういうことをしたいし、そういう風になって欲しい。それと、日本では演劇鑑賞がレジャーにならない。レジャーとアートは別なんです。ぼくが象徴的だなって思ったのは、東京ディズニーリゾートで昨年の暮れまでやっていたシルク・ドゥ・ソレイユ『ZED』のことです。ぼくの知り合いでディズニーランドに行ったついでに『ZED』を観たとか、ほとんどいなかったですからね。シルク・ドゥ・ソレイユを観に行くことはアート鑑賞。芸術鑑賞。日本ではレジャーにはならない。でもアメリカのディズニー・ワールドではそれが成立してる。それは完全に文化の違い。だからぼくはもっときちんとアートを観る、アートに触れるのがレジャーのひとつになって欲しい。演劇がファッションのひとつになって欲しい。「今日クラブ行くんだ」「いいね、誰がDJ回すの?」みたいな感じで、「今日演劇行くんだ」「マジで、誰の?」みたいになるといい。だって元々パリのオペラ座だって社交の場だったでしょ。オシャレして。もちろんそれだけではないけど。そういう風に演劇がなったら楽しいと思うし、演劇人もオシャレして欲しい。

今回演出される『金の文化祭』ような公演がたくさんあれば、変わっていくかもしれませんね。

■杉原:役者の一般公募の作品をやるにあたって、ぼくらはこういう作品をつくっている、ということを知ってもらって、そして彼らが出る公演を観るために普段舞台を観ない人たちが劇場に来て、楽しみが増えて、輪が広がっていく。それが一番のやる意味だと思ってるんですけどね。もちろん作品で伝えたいこともたくさんあるんですけど。

今日はお忙しいところありがとうございました。

■杉原:ありがとうございました。