黒川陽子さん
栃木県在住の劇作家黒川陽子さん。静かで優しく、とても賢いのですが、そんな人柄からは想像できないような勢いのある戯曲を書かれます。和み系のとても面白い方でした。

物理的に厳しい

演劇を始めたきっかけを教えてください。

■黒川陽子さん(以下黒川):始めたのは大学に入ってから。演劇研究会というところに入ったんですけど、それ以前からやりたいなとはずっと思っていて、中学の時にもクラブ活動でやってたりしたので、ずっと興味はあったと思うんですけど、どこで抱いたかというのは思い出せない。

中学に演劇のクラブがあったのですか。

■黒川:はい。部活とは別で、部活よりもっと柔らかいというか、楽な。

そのクラブに入ろうと思ったのは何故でしょうか。

■黒川:その時も元々興味があって、入れそうな空気だったと言うか。

それ以前は。

■黒川:覚えていません。どこの時点で観たのかとかも全然覚えてなくて。

無意識のうちに興味が芽生えていた。

■黒川:そうですね。栃木県なので、近くに劇場もないですし、そういうのを観れる環境もないので。劇団の方が来て、1年に一回くらい公演するとか、たぶんあったと思うんですよ。そういうのを観て、面白いなと思ったのかもしれない。

はっきりと演劇を観たという記憶は、大学に入ってから。

■黒川:そうですね、大学に入ってから。東京に行くようになってから。

大学はどこか聞いてもよろしいでしょうか。

■黒川:慶応。

大学では、演劇の勉強をされていたのでしょうか。

■黒川:専攻は英米文学だったんですけど、英米文学で、アメリカの劇作家のアーサー・ミラーという人の作品を研究していたので、そういう意味では勉強してたというか。

演劇サークルでは役者をされていたのでしょうか。

■黒川:はい。小さいサークルだったので、一通り全部。役者もスタッフも脚本も演出も。でも演出はほとんどやってないですね。

今は役者をされていないのでしょうか。

■黒川:いまはしていないです。

今のように脚本だけでいこうと思った経緯はありますか。

■黒川:脚本を初めて書いたのが大学1年の時で、それを友人に読んでもらって面白いと言ってもらえたので。役者よりは向いてるかなという感じで、実際いまも栃木県に住んでいるんですけど、役者をやるとすると稽古に通わないといけない。そうすると物理的に厳しいというのがあるので、段々そうなっちゃったというか。

演じることに関しては嫌いではなかった。

■黒川:嫌いじゃなかったです。

じゃあやはり物理的な問題が大きかったのですね。

■黒川:はい、そうです。大きい声を出すのは好き(笑)。

黒川さんは『劇団劇作家』に所属されていますが、それはどういう経緯で。

■黒川:劇団劇作家は、劇作家協会のセミナーを受けた方が中心にやっているのですけど、劇作家協会の賞をいただいたので、話が回ってきたというか。一緒にやりませんかって。

声がかかった時は迷いませんでしたか。

■黒川:それこそ劇団という感じでビシビシやっていく感じだと厳しいかなと思ったのですが、ほんとに色んな立場の人、主婦の人、60歳70歳の人もいるし、20歳くらいの人もいるし、そういう幅が広くてできる範囲で参加するというような感じが。合評会というか、持ち寄って皆で評し合うというような、そういう環境が欲しいなというか。客観的に見られる環境があるといいなと思ったのがあって。そこまで迷わずに気楽に。

普通に成立する段階よりも一要素多い

黒川さんが思う、自分の戯曲の特徴はありますか。

■黒川:わたしだけという訳ではないと思うのですけど、はっきりしたモチーフのようなものを3つ以上合わせているような気がしていて。たとえば『どっきり地獄』では、まずどっきりというモチーフがあって、それを今度はメタ構造に繋げていこうという案があって。それだけでも成立するとは思うのですけど、更にそこに色々な演劇の表現方法を混ぜたいというのがあったから、動物をやらせたり、男性に女性をやらせたり、朝が出て来たり。たぶん普通に成立する段階よりも一要素多い。目的が一個多いというか。

書く際にはその3つが揃った状態で書き始めるのでしょうか。

■黒川:それは順番に出てきます。どっきり地獄の場合はどっきりをやってみたい。そこを舞台にされているのを観てみたい。それがメタ構造になるんじゃないかというのがあって、そしたらせっかくだから色んな表現をしたいな、という。順番で。

他の作品にもそういう要素があった。

■黒川:そうですね。はい。

要素が2つだけだと、物足りないと感じるのでしょうか。

■黒川:人の作品を観ている時は、素直に凄い、こんな奇麗に、素晴らしいと思うんですけど、自分自身書く時にはそこでは書けないというか。更に負荷というか、加えないとつまらないというか。

書いていて面白くないということでしょうか。

■黒川:想像が膨らまないというか。自分の把握できる領域に来ない。たぶん一番最初に書いた時も、技術力というものがない状態で、無理矢理書いたという感じがあって、そういう癖が続いているんだと思う。素直に書くと書けないというか(笑)。

あまり性格的に素直じゃない。

■黒川:そうですね、どっちかと言うと。はい。

浴びるように観ていますね

戯曲のアイデアはどのように生まれますか。

■黒川:モチーフと、構造と描写みたいなものがあると思うんですけど、例えばモチーフが一番最初にあった場合は、次にどういう構造にしようかと考えて、それが戯曲に向いていたら戯曲にして、小説に向いていたら小説にするという選択をするんですけど。まず構造が浮かぶ時は、なにに向いているのかが分かるので、最初から戯曲を書き始めるみたいな感じで。そういう感じですね。なにに向いているかというのは。はい。

結構理詰めで書くタイプでしょうか。

■黒川:理詰めでは書けないとは思うのですが、うちの父親が数学者で、ずっと数学苦手だと思ってたんですけど、実際書く段になると数学的な社会の見方というか、こういうところから始めてるような感じです。

話を聞く程、計算しながら書いているんじゃないかという気がしてきたんです。

■黒川:あ、でも、インタビューされるってなってから、分析しなきゃと思って初めて考えたんです。それまで雰囲気で。あ、じゃあ分かったから今度はこれに合わせて書けるようにしたいなって(笑)。

もっと根本のモチーフの発想の素のようなものはありますか。

■黒川:たぶんテレビでどっきり番組とかを観ていて、もしこれがこういう風に展開されたらというのがあって、あとは当り前のように存在しちゃっているどっきりの形のようなものを客観的に舞台に乗せてみたいなというか。あんまり舞台に取り上げられていないし、ちょっと変な方向に持っていけそうと思った。

劇王にどっきりを持って来るのは驚きました(笑)。

■黒川:バラエティーはよく観ているので(笑)。

お笑いが好きな方なんだろうなとは観ていて思いました。

■黒川:浴びるように観ていますね。

不健康なことを、本当に

ブログを読ませていただいたのですが、『毒婦−千稿』。これは千回校正するということですよね。

■黒川:はいそうです。

とんでもないことやっているなと。

■黒川:ああ、はい(笑)。

この企画が生まれた経緯みたいなものを教えていただけますでしょうか。

■黒川:わたしの演劇研究会時代の友達がやっているユニットに、なんか書いてくださいって言われて、書いたものなんですけど。ユニット自体は前衛的なことをしてみたい。前衛的に見えることがしたいというがモットーだと聞いていたので、じゃあ脚本書く側からなにか前衛的なことができないかと思った時に、じゃあ千回書き直しますと。たぶん書き直しが稽古期間にかかると思うので、友人が演出だったんですけど、演出の人も役者の人も大変だったと思いますけど、やりましょって感じで。

そこで百回とかは思わなかったですか。

■黒川:単純に、タイトルがあって何稿とかあるじゃないですか。あそこに三百六十何稿とかそういうありえない数字を書いてみたかったんです。

驚くような数字が欲しかった。

■黒川:そうです。単純に見てみたかった、自分が(笑)。

不安にはなりませんでしたか。

■黒川:ああもうほんとなにも考えずに始めたので、トラウマになった(笑)。

なにが凄いって、その経緯を全てブログに書いていたというのが。

■黒川:そうなんです。でも書かないことには、書き直しているのかも全然分からないので。

普通書き直す時は文字をひたすら書いたり消したりすると思うのですが、それをいちいちメモしていくのは相当にしんどかったのではないかと思います。

■黒川:ああもうしんどかったですね。ほんとに何倍も。

この企画で楽しかったことはありましたか。

■黒川:楽しかったことは、ほんとにやってる最中は楽しくなくって、でもありえない数字をそこに書き込むことが出来たというのは。ブログをやっていても、普段絶対ネタバレしないじゃないですか。それを完璧にネタバレありで、どうせ変わるからと全て載せたうえで、なんか大変だわとかそういうのが書けるというのが。普段ありえない状況。

既にたくさん出ていますが、しんどかったことは。

■黒川:あまりに不自然な作り方というか、千回まで書き直すというのは、変える前提で書く訳ですよ。その疎外感みたいなものは。

ブログの初めの方に書いてありましたけど、もし途中で完成しても千回書き直すと。

■黒川:不健康なことを、本当に(笑)。最初は不健康ということを頭で理解していても、全然そんな実感がなくって、劇団劇作家の方に「こういうことをやろうとしている」と言ったら「え、なんで」と言われた(笑)。後々ああそう言われるよなという実感で。これはやっちゃいけないことだと思いました。

出演された方の反応はどうでしたか。

■黒川:そうですね、全然稽古場に行かなかったので、実際どうだったのかは分からなかったですけど、舞台のセットをこれまで没になった台本、散々印刷したものを貼付けるみたいにして作っていて、本番を観に行った時に「なんでこれやらなかったのですか」とか言われたりとか、結構興味津々で、「これで練習したのに」とか言われて(笑)。

そりゃ言われますよね(笑)。

■黒川:最終的に出来た自分の役が、どんな経緯でできたのか興味を持ってて。

この企画が黒川さんになんらかの影響を与えましたか。

■黒川:考えないで書くという状況がずっと続いた。ということで、ある程度その場しのぎで書いたりしていて、後々全然想像が続かなくなるみたいな。ということがあったので、ほんとに、これをやっちゃ自分は書けないんだなと。この状態になったら書けないんだなと。ダメダメ例が、10本やったくらいの蓄積が出来たというか。結構見えた企画ではありました。

作家は一度やってみたらいいかもしれませんね(笑)。

■黒川:そうですね(笑)。わたしはこれ2ヶ月半くらいでやったと思うんですけど、それはもう期間の問題だと思います。本当にもっと長く何年もかけてやれば、全然違う状況になるというか。もっと建設的なことになるかもしれない。

2ヶ月半という期間だから、無理矢理書き直さないといけない状況になったのですね。

■黒川:はい。

もう一回やりたいと思いますか。

■黒川:いやあもう(笑)。

椅子とテーブルだけでどれだけのものが作れるか

劇王に参加された際には演出をされていましたが、今後やる予定はありますか。

■黒川:予定はないです。でも、やってみて、これも面白いものだなということに。はい。やっぱり自分の脚本を正確に舞台化できるというのは嬉しいというか。短編だとか、物理的に作るのが大変じゃないものだったらやってみたいです。

演出をされた時に心がけていたことはありますか。

■黒川:それ以前の問題で、本当に稽古場に自分が行って、「じゃあ何分から始めます」と言わなくてはいけないことすら気付かなくて、「何分から始めるんですか?」みたいなこと役者さんに言われて、「わたしが決めるの?」みたいなところから始めたので、全然もう、そういうところまで至らなかった。そこでは演出家というよりは脚本家としていたなという感じで、ここはこういう風に言って欲しいんだ、こういう音程で言って欲しい。こういうイントネーションなんだ。結構考える隙間もないくらい言ってた気がします。

自分の脚本を演出する場合、思った通りには言えるとは思うのですが、形にするのは難しくありませんでしたか。実際やってみて、どのくらいまでできましたか。

■黒川:どっきり地獄をやるにあたって、テンポが、場面ごとのテンポが非常に重要だと思ったのと、前後する場面のコントラストが不可欠だなと、稽古を見にきてくれた人からアドバイスをもらったりして気付いて、注意を払ってやったりとか、書いてる時はそんな気にしないで書いてたことを、かなり気をつけなきゃいけないということはあると思いました。また別の視点から、自分の作品の方向性というか、を見ることができました。やっぱり、でも、もし今度やるなら照明とか音響とかに凝れる状態でやってみたいなとは思いました。青っぽいのとかオレンジっぽいとか、ここは暗めでとか大まかに打ち合わせしといて、名古屋に行ってから場当たりをして、それだと暗すぎるとかしたんですけど。ほんとに場当たりを仕切るとか全然なかったので、震えながらやってたんですよ(笑)。でも最低限のことはできたかなという感じです。

出来には満足できましたか。

■黒川:出来は、まあ、条件の中では頑張った所まで行ったなという感じで。

黒川さんは演劇のどこに魅力を感じますか。

■黒川:色々なことが総合して面白いんだと思うんですけど、最低限のものでどれくらいのものをイメージさせられるかということに興味があって、ほんとに、椅子とテーブルだけでどれだけのものが作れるか。そういう振り幅というか、イメージさせるものの大きさ、というものが好きで。

じゃあ、究極は素舞台。

■黒川:はい、はい(笑)。どれだけの意味をそこに出せるかというか。結構貧乏性なんですけど、最低限のものでやりたいというか。

戯曲を書くときは、そういうことを意識しながら書きますか。

■黒川:書いてる時は、ここ想像しなくていいなと思ったら全然想像せずに書いてたりとか、いい加減に書いてる感じが。これ実際、舞台設備どうなるんだとか、適当な感じで書いてて(笑)。だから自然と素舞台っぽい前提で書いてる気がします。

当り前じゃない状況を作りたい

黒川さんが演劇で表現したいことはありますか。

■黒川:いま当り前にある概念とかが、全然当り前じゃなかった時代の話とか、歴史書で読んだようなものが好きなので、いま当り前にあると思っていたものが、当り前じゃない状況を作りたい。

観ている人の気持ちを揺さぶるようなものが好きなのでしょうか。

■黒川:はい。

どっきり地獄では、どっきりの連続に対して、想定内の感覚がいつの間にか期待感に変わっていくのがとても良かったです。

■黒川:ありがとうございます。あの作品について、観客として観た時にポカンとしないように気を付けたというと、おおかた最後の表現について言っているだろうと思うと思うんですけど、それ以前のところを組み立てるのが非常に大変で、ようはどっきりと言えば何処にでも行けちゃう。でも次にここまで飛んでしまったら、絶対に観ている人は付いていけないとか、という微妙な駆け引きがあって。その道程を間違えないようにというのと、たぶん2回目のどっきりまでは因果関係が見えるんですけど、それ以降は因果関係が見えなくなって、その時に、なにで興味を惹き付けるかという。ひとつは因果関係が見えなくなったということを、書き手側がちゃんと把握していることを示さないといけない。ということで、男2という人に「どっから嘘だったの」という台詞を言わせて、観ている側の不安を少しでも晴らすということと、その後に男3が男2を突き飛ばすシーンがあるんですけど、なんか凄い簡単な構図というか、これまでのごちゃごちゃとした感じとは違う、悪意の構図というか、単純なものを持って来ることで、分かりにくさをどうにか軽減するというか。そういうのの繰り返しで、そこが一番観客視点でポカンとしないという。

今後どのような活動をしていきたいと考えていますか。

■黒川:いまは小説のほうも。モチーフを選んだ時に、これは小説向きだとか演劇向きだとか、両方のネタが溜まるので、両方平行していきたい。

今は書くのが中心なんですね。

■黒川:そうですね、はい。

書くのは楽しいですか。

■黒川:色々考えている時が楽しくて。書き始めるとなんなんだという状態なんですけど。ちゃんと書けるようになりたいです、常に。

書けてると思うのですが。

■黒川:どっきり地獄はまだちゃんと書けたほうで。この作品にしても一番最初は全然想像ができなくて、書いてるんですけど、ほんとに会話が上滑りしているような感じで。しかも全然進んでいかないみたいな。無理矢理色んな方向から考えてるうちに書けるところまでいったので。それは初めてのことでした。これまでは書けないなら向いてないんだと思ってたんですけど。パンフレットもできてしまったし、書かなきゃいけないというのがあったので、無理矢理頑張って書いたという感じでした。

本日はありがとうございました。

■黒川:ありがとうございました。