中谷和代さん
京都の劇団、ソノノチの中谷和代さん。人間的魅力のある方で、一緒にいると優しい気持ちになれそうな人です。今回のお話でもその辺の人間味を感じると同時に、その根底にあるものを少し垣間見ることの出来る取材となりました。
その後(のち)に温かく、幸せな気持ちになって欲しい

中谷さんが演劇を始めたきっかけを教えてください。

■中谷和代さん(以下中谷):演劇に興味を持ち始めたのは高校生で、同級生の子が小劇場の舞台に立つということでチラシを貰ったんです。それで観に行ったら折込みチラシが沢山あって、そこから情報を得て色々観に行くようになり、その内友達を誘って行くようになって観劇が習慣化しました。京都のアートコンプレックス1928という劇場の近くに高校があったので、授業が終わると毎週舞台を観に行ってたんです。それから芸術大学へ進学したをきっかけに、大学の演劇サークルに入りました。

ご自身の団体をやられることになったきっかけを教えてください。

■中谷:その演劇サークルでは主に役者をやっていましたが、大学の終わりくらいから劇作・演出もやってみたいなと思うようになり、卒業後、学生劇団の当時の仲間と一緒に社会人劇団を始めました。当時劇団員はみんな関西に住んでいたんですけど、わたしは就職して名古屋に居たので、時々地元に戻りながら劇団活動をしていました。そこで5年間活動しました。

再旗上げしようと思われたのは何かきっかけがあったのでしょうか。

■中谷:前の会社を辞めたのが大きいです。それから自分がこの先どういう風に生きていこうかと考えたときに、高校、大学とやってきた表現活動のことを思い出し、なかなか大変な道だなと思いつつもやはり創作をしながら生きていきたいと思うようになりました。そのために社会人劇団からわたし一人が再旗上げという形で今の『ソノノチ』を立ち上げました。そしてちょうどその頃、タイミングよく声を掛けて貰って、小学校での演劇ワークショップの講師を始めたのがきっかけで道を見出していきました。社会人劇団時代の仲間達は、今でもお手伝いで関わってくれています。

団体名の由来を教えてください。

■中谷:ソノノチという名前は、「観た人に観劇の後、その後(のち)に温かく、幸せな気持ちになって欲しい」と思ったのがひとつと、わたしたちが表現の未来(これから、その後)の一端を担うぞ!という覚悟や、日々クリエイションをしながら生きていくこれからの時間がずっと繋がっていきますようにという願いなどが込められています。そのコンセプトをあらわす意味で、ソノノチの作品は第1回からこれまで、ずっとどこか(登場人物や設定など)がつながっています。

そこに思いを馳せる

これまでに影響を受けた人物や作品を教えてください。

■中谷:演劇で言うと、わたしが高校生の時にちょうど京都では鈴江俊郎さんとか松田正隆さんが積極的に活動されていた時期で、当時の私は舞台というと、踊ったり歌ったりのミュージカルみたいなものとか、青春ものの会話劇しか知らなかったのですが、その先輩方の劇を観てはじめて重厚な手触りの不条理劇や、心の深い所をえぐるように描くような作品があるんだと衝撃を受けました。あとは下鴨車窓の田辺剛さんの作品にも影響を受けました。当時は『寓話的な』という単語をパンフレットなどに使われていて、ちょうど自分もそういうことをやりたいと思っていたので、何回も通って観ていました。あと小説だと北村薫さん。『時と人』というテーマでしばらく連作を書かれていて、そのシリーズはタイムリープするような作品が多いんですけど、時間の中で生きていく人を描く。その心情を繊細に書かれる方で、その作風は大学の頃にはとても参考にさせて貰いました。その他は、映画にもずいぶん影響を受けました。ジブリも大好きです。

お話を聞いていると『時間』というものに凄くこだわりを持っておられるみたいですね。

■中谷:そうですね。ソノノチという名前を付けた時もそうなんですけど、これまで過ごしてきた時間を無かったことにすることは出来ないというか、それが今の自分を作っている全てだと思っているので。そこに思いを馳せるというか、生きてきた道とか記憶とかに関心があります。

そこに興味を持たれた理由が何かあったのでしょうか。

■中谷:元々、過去のことをいろんな意味で根に持つタイプでして(笑)。後悔や反省ももちろんありますが、自分にとって素敵だった出来事や印象に残っていることも頻繁に思い出したりするんですね。そういったことが創作のエッセンスになっていることは多々あると思います。小さい頃のエピソードなんかもよく覚えていて、今でも夢に見るくらいです。

風合い

作品のアイデアはどういう所から生まれますか。

■中谷:例えば「家族」「愛」みたいな、言葉(キーワード)の時もありますけど、一番多いのは音楽を聴いた時ですね。偶然テレビやラジオで聴いた曲とか、最近だと作曲した方がサイトにアップされているのを聴いてインスピレーションをもらったりとか。曲のメロディから先程お話した記憶のパーツに繋がって、台本のアイデアになっていくことがよくあります。

取材は具体的にどういうことをされているのでしょうか。

■中谷:例えば2018年に再演した『つながせのひび』という作品は、画家のアトリエが舞台で、登場人物が作品を作る上での困難さや葛藤に悩むシーンがあるんですけど、そのシーンは実際に画家活動をしている人にインタビューしに行ったりとか、実際に絵画教室のアトリエにお邪魔して生徒さんの様子を見学させて貰ったりとか。その前の『いられずの豆』という作品は、地域に開かれたコミュニティカフェを舞台にしていたので、実際に全国のコミュニティカフェに取材に行って、この場所をどうやって立ち上げたのかや、場所を運営するにあたっての想いなんかをヒアリングさせて貰いました。

戯曲を書く上で気をつけていること、こだわりがあれば教えてください。

■中谷:先ほど、音楽から着想するって話に関連するのですが、台詞の音やリズムを大事にしているので、最初は極力台本に書いてある通り(句読点など)、そのままやって欲しいとは役者さんにお願いしています。

実際に声に出しながら書かれているのでしょうか。

■中谷:めっちゃします。深夜にぶつぶつ言いながら執筆してて、思ったより熱が入ってくると大きい声が出ていたみたいで、家族に怒られたこともあります。声に出して読んだ時の音が、登場人物のキャラクターや空間のイメージにそうように書きたいので、声に出すことはやはり必須ですね。

演出上で気をつけておられることはありますか。

■中谷:一言で言うなら「風合い」でしょうか。ちょっと垣間見る感じとか。わたしたちじゃないと出せない感じは大事にしたいと思っていて、この時間ここに来ないと観られない風合いっていうのがあるなと最近思っていて、それは写真でも伝わる何かなんですけど。世界観というんですかね。そのためには場所を選ぶこともとても重要で、その時間、その空間じゃないと観られないという、かけがえのなさが舞台には必要だと思います。わたしは大学ではインスタレーション(空間芸術)を専攻していたので、空間に対しての意識が特に強いのかもしれません。

お互いがいるからこそ新しいものを目指せる

演劇活動を進める中で学んだことや得たことがあれば教えてください。

■中谷:人は思い通りにならないということでしょうか(笑)。得たものはやはり、仲間たちとの縁ですね。最近は、演劇を含む表現活動において『どのように続けることができるか』をよく考えます。好きなことを続けて行こうとすると、いろんな意味で険しい道のりだったり、周囲の風当たりが強くなったりすることもあります。それでも、自分がどうしてもやりたいって思う時に、どうして必要なのかを必然的に突き付けられるじゃないですか。また、例えば演劇を続けるにしても、養成所に入るとか、社会人劇団に入る、プロの劇団を目指すなど、いろんな続け方があると思います。演劇に限らず、自分のやりたいことをどのように続けていくのか、自分自身にも問い続けることで、自分にとっての優先順位みたいなものを見出すきっかけにもなるのではないでしょうか。

一緒に活動する上で持っていて欲しい能力があれば教えてください。

■中谷:わたしが劇団をやる上で劇団員に持っていて欲しいと思っているのは、『ありがとう』と『ごめんなさい』が言えることですね。演劇の能力ではないんですけど。わたし自身も日頃意識しているんです。結局仕事の悩みって人の悩みだったりするから、きちんと言葉のコミュニケーションで関係をつくっていける関係であれば、長く一緒に続けられるなと思います。あとはご自身なりの『これが好き』ってものがあればいいなと思います。それはほかの劇団員と違っててよくて、何かこだわりがあるとかプライドがあるというか、これが好きってものを聞きたいというか。好きなものが違う同士だからこそ、新しいものを目指せるねと思っていて。好きな物事や人のことって、皆真剣に話すじゃないですか、それを見るのが好きです。

わたしやってて良かった

演劇の面白さ、魅力をどこに感じていますか。

■中谷:10年演劇をやってるんですけど、まだ全然分からないというか、面白い作品って一体なんだろうかとずっと考え続けてます。公演のたびに、まだもっと面白くなるんじゃないだろうとか、もし同じ作品をもう一回やるならこうしてみたいというアイデアが出てきます。まだまだ分からないから、もっと知りたくなる。一生続ける甲斐のあることだと思います。分かっちゃったら辞める気がしますし。直近で「演劇やっててよかったな」と思った所で言うと、「つながせのひび」の公演を40代位のご夫婦が観ておられて、最初はお二人別々に観ておられたんですけど、終盤になると肩を寄せ合っておられて。作品のストーリーとは別で、お二人の中に、新しいストーリーが芽生えたのかもしれません。私は客席の後ろからそれをずっと見ていて、その様子がとてもドラマチックに感じられ、その時は本当に舞台をやってて良かったと思いました。もしかすると二人の思い出とか、大事な部分に作品がきっかけで触れられたのかなと思うとすごく嬉しかったんです。

今後取り組んでみたいことや目標があれば教えてください。

■中谷:ここ2年くらいの主催公演としては、小さいスペースだからこそ表現出来るものに取り組んでいたので、劇場以外のカフェやギャラリーなど、客席10人くらいの空間で作品を作ってきました。今度は、出来れば空間の規模を大きくした、大人数の作品とか野外での作品に取り組んでみたいなと思います。あと、これは取り組みを少しずつはじめているのですが、創作活動をする上でのコミュニティづくりに興味を持っていて、稽古場の作り方とかワークショップもそうなんですけど、人と人が集って作品を作る時に、よりよい環境を自分でデザインしたいと思っていて、その勉強したいと思っています。それにはどういうルールがあればいいのか、また、集団を継続していくにはどうしたらいいのかなど。劇団も最初わたし一人で始めたんですけど、今後もう少し劇団員を増やせたらと思っていて、劇団員だけで公演が打てるようにしたいなと思っています。でも増えたら増えたで、意思疎通が大変だったり、スケジュールがあわせにくいといった課題も出てきそうです。まずは作品のクオリティが高まることと、自分たちのやりたいことに合っている、そんなチーム作りをしていきたいですね。