岩井秀人さん
東京の劇団『ハイバイ』の岩井秀人さん。今回は東京の稽古場までお伺いしてのインタビューです。また、今回のインタビューのきっかけを作っていただいた小熊ヒデジさんと、ハイバイ制作の三好佐智子さんにも参加していただき、とても豪華なインタビューになりました。
木は相当蹴ってましたね

岩井さんが演劇を始めたきっかけを教えてください。

■岩井秀人さん(以下岩井):そもそも引き籠りが終わったのが20歳なんで。

引き籠りだったのですね。

■岩井:はい。16から20歳まで引き籠りで。20歳で引き籠りをやめて、映画にとにかく関わりたいと。その為に大学に行こうと思ったんです。予備校に行って大検取って。受けようとしている最中に、町田にある劇団にひょんなことからお世話になることになって、そこの演出家の方が「俳優を少しでもやりたいと思うのであれば、俳優界の東大、桐朋に行け」と。

元々は役者として始めた。

■岩井:そうです。今も出ていますが。

作演を始めるきっかけは。

■岩井:大学卒業後にどこか出たいなと思っていて。でも台本読んでも面白いとは思えなくて。ぼくが台本が読めないだけかもしれないけど。自分で書くしかないなと。そんな時に岩松了さんの舞台に関わるようになって、そこで初めて喋り言葉の演劇を知って、これだったら自分でも書けるかなと思って書いたのが、引き籠りの時の話。

イメージ画像
ハイバイ「オムニ出す」 リトルモア地下
撮影:青木司

『ヒッキー・カンクーントルネード』。プロレスラーになりたい引き籠りのお話ですが、岩井さん自身もプロレスラーになりたかった。

■岩井:それはありました。大袈裟かもしれないけど。当時テレビで格闘技とか観て興奮して。夜中なら外に出ても大丈夫なので、公園の木を蹴ったりはしてましたよ。あとサッカーも観てた。サッカー、プロレス、映画。未だにそんな感じです。プラスゲーム。木は相当蹴ってましたね。遠くから見たら赤くなってました、その木だけ。皮が(笑)。

そんなに蹴ってたんですね(笑)。そこからハイバイを立ち上げる経緯を教えてください。

■岩井:最初に公演をした時に劇団化しようってなって。ぼくと、今いる金子岳憲って俳優が居て、一緒にやりましょうって。

ハイバイの劇団名の由来を教えてください。

■岩井:それは単純にハイハイからバイバイまで。

人間の生まれてから死ぬまで。

■岩井:何回目かの公演の時に名前負けしてると思って、変えようとはしたことはあります。そんな大袈裟なこと書いてないので。引き籠りの人の3日間くらいの話(笑)。ハイハイからバイバイまでじゃねーだろ。一回『33円玉』って名前にしようって。凄い反発されて却下になりました。

なんで33円玉なんですか(笑)。

■岩井:意味はきちんとあって。たまに役に立つ。

まず外人になろうとしているのが適切じゃないと思っている

岩井さんにしかない脚本の特徴があれば教えてください。

■岩井:演劇自体は好きではないんです。でも、それでもやれるとしたらと思って。なんとか書けるもの。それしか出来ないことをやってる感じで。ぼくがなんとか許してもらえる演劇を作るとしたらこれと思ってやっているというか。質問の答えになってないかもしれないけど。

許してもらえるというのは対外的に。

■岩井:そうですね対外的に。あとは自分にもです。

演劇が好きではないと言われましたが、具体的にはどの辺が。

■岩井:俳優さんが「俺はこの役をこう表現する」みたいなのは。だからまずそこは排除したいと思って。それで排除して出来る方法があるとしたら、と思って色々やってるんですけど。その役にはなれない、というところから入っていく。だから自分でしかないと。自分でしかないというところから入っていけば、そういう間違いは起こりにくい。

例えば、現代日本人が中世ヨーロッパの王様の役をやったりすることがありますが、そういう舞台に関してはどのように考えていますでしょうか。

稽古風景

■岩井:そこら辺を逆に面白味としてやるのであれば。一時期は大真面目にやったりしてた訳だし。でもそれは面白い意味で無理、無茶じゃんというポジションからやっていれば成立する訳ですよ。一度『オイディプス王』をやったことがあるんですけど、それをやる時にどうやって役との距離を取ればいいだろうと。王様が居て、自分の奥さんだと思っていた人が実はお母さんだったりとか、無茶苦茶な設定なんかもあったりして。そこでは作と演出をやってたんですけど、全部置き換えようと。自分の身の回りの話に。この話はぼくは出来ないなと。だから完全に縮小して、ただステータス関係だけは一緒で。キャンプに来た人たちに置き換えて、国王がキャンプのリーダー。でもそんなにリーダーでもないんですよ。ただちょっとなんとなくこいつの言うこと聞いておけばいいよねみたいな。それぐらいやらないと自分でやるという風にはなかなかなれない。

海外の戯曲をやるのも、日本の引き籠りの話をするのも、誇張の度合いが違うだけで、役を演じるということに関しては同じだと思うのですが、それもやはり成り切るのは無理という前提を持ってやる。

■岩井:そうです。だから舞台上に居るのはその人なんだと。役者のその人で、演じる人物というのはそこには居ない。どっちにしても観てる人がイメージするものだと思うんですね。それをイメージしやすくするというのが、演出。台本もそうかもしれないけど。まず外人になろうとしているのが適切じゃないと思っている。ぼくはより身近なほうが面白いと思うんだよね。身近な出来事のほうが面白い。

■三好佐智子さん(以下三好):岩井の持っている違和感は大事。お客さんが勝手に想像する部分に因るというのは大きいと思います。だから舞台セットとかもほとんどなくって、そこにあるのはお客さんの想像する家とか匂いとかだと思います。

■岩井:例えば舞台上に登場しないおばあちゃん、という存在があったとして、舞台上でおばあちゃんの話をしていたら、お客さんはきっと自分の知ってるおばあちゃんを想像すると思う。イメージするしかない。そういうのを逆に有効活用しているというか。結果的になんですけどね。

■三好:極端に少ないんです、色々なものが。排除されている。

■岩井:そこは無駄なものだと思っている。

意図的に削っている。

■岩井:そうですね。

役者がイメージを膨らませる為の媒介になっているということでしょうか。

■岩井:そうです。例えば、うちの母がお母さん役をやっても笑ってもらえない。そこにおばさんが本当に出て来ても、面白くはない。そこでもっと面白いことをクローズアップするには、おばさんじゃないということが有効だと思う。

滑舌が良すぎます

演出の際に心掛けていることがあれば。

■岩井:分かりやすく。あとはあくまで遊び。ふざけているということを忘れない。あくまでふざけてるんだけど、超真剣にふざける。気軽に入って、いつの間にか酷い所に連れて行きたいとは思ってる。

気軽に観に来たら、帰りに凹んでいるみたいな。

■岩井:そう。

小熊さんは実際に演出を受けてみてどうでしょうか。

■小熊ヒデジさん(以下小熊):前に演出を受けたことがあって、その時には思った。確かに分かりやすい。これまでぼくが会ったことのないタイプの方ですね。

■岩井:どんな点が。

稽古風景

■小熊:ええとね。ひとつ印象に残っているのは、駄目出しで「そこ滑舌が良すぎます」と言われたことがあって。はっと思ったのね。うまくいってなかった所だと思うんだけど、一所懸命やろうとすると、それまでの修正で滑舌が良くなっちゃう。でもそれが違うって言われて。つまり頑張り方が違う。ああそれじゃないんだって。求めていることが。それはね、びっくりしましたよ。なるほど。それはね、分かりやすいじゃない。

分かりやすいですね。

■小熊:分かりやすいし、納得できたから。

■岩井:要は状態を観せたい。伝えようとしている状態ではなくて。おしっこが漏れそうになったり、怖い人に会って怖がっている状態だったり、そういう状態を観せたい。

■小熊:読み合わせやったんだけど、「台本通りに言わないでください」って言われたんですよ(笑)。

■岩井:「おはようございます、あ、今日はお化粧が奇麗ですね」と言うみたいな文字が書いてあったとしたら、それを自分がどう言うかというのをやってもらったほうが、絶対面白いじゃない。ここでこの文字を言うと、それを言うことが当然の人になってしまう。でも絶対そんなこと言うにはなにかしらの抵抗とか、この人とこの人の関係性が挟まっているはずなのに、それを無視してしまうので。そういう抵抗が出てくるんですね、自分の台詞で言う瞬間には。それが大事な訳で、なにを言うかはそんなに大事じゃない。

■小熊:スリリングですね。今までは台詞を覚えてからやってきてるから、まあそれが普通じゃないですか。いきなり梯子外されたみたいな(笑)。

一緒にやるうえで、役者に求める要素はありますか。

■岩井:一緒のところでふざけられる人ですね。あとは日常を持ち込める人。しかも強力に持ち込める人。

いまこうして我々がダラーンとしているのを、そのまま舞台上に持ち込める状態でしょうか。

■岩井:それがまず持ち込むってことで、それを強力に持ち込めるってことですね。ぼくが小熊さんが好きなのは、初対面の人に丁寧だったり、その社会性みたいなもの。かなり理不尽な人に会った時も、「あなた理不尽ですよ」とは言えないじゃない。「そうですね」と言って、反論にもならない反論のようなことを言って、自分に戻して懐にしまうようなことをやるじゃない。なんかそういうものが凄く重要で、ちゃんと社会性を持っている人がもし、「ほんといい加減にしてください」と言うとしたら、というのを観たいんです。

■三好:そうだね。そのスリリングなところに追い込みたいですね。

■岩井:ちょっと沈黙になった時に俺が発言しなきゃいけないのかな、と発言しちゃうような社会性。

そういう人が追い込まれた状態を観たい。

■岩井:それが面白さに繋がると分かったうえで、自分で追い込んで欲しい。必要ならぼくがやります。

酷い目に遭っても真正面で喰らわなくて済む

演劇のどこに魅力を感じますでしょうか。

■岩井:人のを観に行った時はあまり感じなくて。なんですかね。酷い目に遭っても真正面で喰らわなくて済む、と思ってぼくは書いてたりするんですけど。なんだろうな。なんですかね、小熊さん。

■小熊:俺は最初、演劇をやっている人が魅力的だった。まだアングラって言葉が残っている時代。TPO師団っていう団体がいて。俺がまだ十代の終わりくらいだったけど、一般的な人っていうのしか知らなかった。演劇をやってる人というのが怪物に見えたんだよね。すげえなと思って。カルチャーショックで。それが面白くってこういう所に入り始めたから。

人のを観る時にはあまり面白いと感じないと言われましたが、これまで面白いと思った作品は全くなかったのでしょうか。

■岩井:あります。東京デスロックとか、ポツドール、岩松了、青年団。

青年団所属らしくない印象を受けたのですが、どうして青年団に入ろうと思ったのでしょうか。

稽古風景

■岩井:舞台美術と制作のことを勉強したいと思って入りました。ただやってるだけでも良かったんだけど、それで食えないのは納得できない。どれだけの人に受け止められるかというのは分からなかったんだけど、ただ自分達は面白いと思ってやってるから、もしどこかに早く観ておけば良かったという人がいるんだとしたら、数呼んで、好きか嫌いかだけでも判断してもらわないと損だなと思った。その為にどうしたらいいか考えて、制作を勉強しようと思った。青年団は劇団だけど、劇団以上の広がりを見せているので。ただの上演ではなく、公共性のある、公に観る価値のあるものだという。

演劇で表現したいことはありますか。

■岩井:自分自身じゃないですかね。

自分の持っているものを外に出す作業が好き。

■岩井:それもありますね。それを何人かでやるのが好きで。だから好きじゃない人に出てもらいたいとは思わないです。やっぱり。普段を見てて、この人がこんな目に遭ったら面白いというのがある。

■小熊:台本書く時は当て書きするの?

■岩井:そうですね。当て書きの時と当て書きじゃない時とありますけど、ヒッキー・カンクーントルネードの場合は全く当て書きではない。自分が喋りながら書いた感じです。

最初に台本を書いた時はすんなり書けましたか。

■岩井:書けましたね。3日くらいで書いた。大学ノートにばーって書いて。

必要最低限

最後に、ハイバイの見所を。

■岩井:なんだろう。

好きに観て欲しいというのでも構いませんよ。

■岩井:それも癪だな。

■三好:最先端です。わたしはハイバイの芝居は究極的なものだと思っていて、茶道とか能のように色んなものを排除している。

■岩井:必要最低限な所。超必要最低限。

■小熊:それは俺も思ったな。一見無駄があるように見えるんだけど。一切無駄を無くしていくという作業をやってるんだなと。

■三好:オイディプスの時は、こういう状況ですよ、ということだけで観せていましたね。

■岩井:国王の話をする時に、国王が出てくるだけでもう無駄じゃん。全然国王じゃない人が出て来て、国王の役をやってるほうが面白い。

■三好:リーダーが「ちょっと皆聞いて、聞いて」って言ってました。全然王様っぽくない。

オイディプス王の時は何故キャンプという設定にしたのでしょうか。

■岩井:集合体で、ちょっと偉いっていうのが居る。海外の戯曲をやるって時に、役名をまず外人でやるっていうのが無駄だと思って。それはそれで成立させることに意味があるとは思うんですけど。

■三好:劇団のキャッチとしては『笑えるトラウマ』。傷付いてるのを笑って観て。岩井さんの傷付いたストーリーを笑って頂戴という。

本日はお時間頂きありがとうございました。

■岩井・小熊・三好:ありがとうございました。