吉川和典さん
電光石火一発座を主宰しながら、二和進として劇作も手掛けている吉川和典さん。稽古場を見学させていただいた後、インタビューさせていただきました。とても座組の空気を大事にしている方です。また、制作、俳優の武田知子さんにも参加していただきました。
完全に後付けです

まずは演劇を始めたきっかけを教えてください。

■吉川和典さん(以下吉川):最初は小説家になりたかったんですけど、高校の時に部活紹介で、演劇部の部長が脚本家募集しているのを聞いて、ああ脚本と小説って似てるなと思ったのがきっかけで高校演劇の世界に入って。でも結局台本は書いたんですけど採用されなくって、採用されたのは最後の一回だけで(笑)。ずっと役者やったり演出やったりしていたんです。それで、そのまんま大学でも演劇続けて今に至るんですね。

今日は『月とカニ』(淑徳大学演劇研究会)のTシャツ着ていますね。

■吉川:これは初代のものなんです。

大学では始めから演劇部に入ろうと思っていましたか。

■吉川:大学でも小説家になりたいなと思っていました。でも芝居をやっているうちに高校と大学でやってる芝居の密度の濃さが全然違うなって。そこから月カニ以外にも色々やって、2年目で電光石火を作ったので。そういう活動の場を作ってどんどん芝居にのめり込んだ結果、小説のほうを忘れた(笑)。

電光石火作ったのは在学中?

■吉川:在学中です。2年の冬です。

何故そこで自分で立ち上げようと思ったのでしょうか。

■吉川:元々自分で作ろうと思っていた訳ではなくて、その当時NGKという名古屋学生劇団協会っていう団体があったんですけど、それの理事長をやっていたことがあって。その時に、皆で合同公演やろうよということになって、それが『電光石火一発座』なんです。今は合同公演ではないですけど、1回目や2回目の時は学生劇団合同公演っていう体だったんです。

ホームページにも説明がありましたが、改めて劇団名の由来を教えてください。

■吉川:「名古屋の学生劇団を一瞬でも輝かせよう」という思いがこもっているんですけれども、そんなことは特になく(笑)。皆で意見出し合って、四字熟語がいいねって付けたのが「電光石火」だけだったんですよ。でもなんかそれだけじゃ足りないねって。一発しかやらないから「一発座」にしようよ、って付けたくせに、もう6発もやってるんです。

じゃあ「一瞬でも……」というのは後付けですか。

■吉川:後付けです。完全に後付けです(笑)。でもこの名前で良かったと思うことはあります。この名前だから入ってくれた人もいるので。

ホームページのアドレスは「not_ippatsu」になってますね。

■吉川:よく気付いてくれました。

■武田知子さん(以下武田):ホームページの掲載スペースを借りる時に、「電光石火」という名前が既に取られていたんですね。他になにかないかなと相談したら、一発じゃないからと。そういう経緯です。

■吉川:基本的にはノリで。

俺の集めた皆は面白いぞ

稽古を見せて頂いてお聞きしたいと思ったのですが、稽古を始める段階で、全体の構想は吉川さんの中で固まっているのでしょうか。

■吉川:いえ、逆なんですね。普通はぼくがやりたいことがあって、その中で役者さんにこういう風にやってみてということをベッタリするんでしょうけど、ちょっとうちの場合は逆で、まずエチュードをやってもらうんですね。その中で面白い言葉が出たり、こいつのこういうところ面白いなとか、こいつにこれやらせたいなというのが出たら、それを元にぼくが書き始めるんです。その段階ではまだ書いてないんです。その時はまだメモだけ程度に留めておいて、自分の仕事のことだったり、人間関係のことだったりというのがあったら、その話の中にちょっと絡ませていくんです。そこで書けてきそうだなと思ったら、そこでもう一度エチュ−ドをしてもらって、これは面白いなというものができたら、ようやく書き始めるんです。

その場合、どうやって役者を集めるんでしょうか。

■武田:とりあえずやるっていうのが決まって、いついつやる、この日どお、って予定で集まって、じゃあ台本書いてくださいって(笑)。

手を挙げた人が参加?

■吉川:そうですね。それは合同公演だった頃の形をひきずっているんですね。ただそれだと人が集まらない時があるので、次はこういう形の話をやってみたいんだと言って、それ面白そうだねと言ってくれた人とか、ぼくがやってみたいことの中で登場させたい人。この人のこういうところ面白そうだな、この人と一緒にやってみたいなと思った人に声をかけていますね。

じゃあ基本的に吉川さんの脚本は当て書き?

■吉川:ですね。というか、やってもらったものを書き起こしているという感じですね。それを骨と捉えて肉付けしていくという形です。

稽古中、「台本通りやられるのが嫌い」とおっしゃっていましたけど、それはまさに今言われたことがあるからなんですね。

■吉川:これは役者にも求めることなんですけど、ぼくは、ぼくの想像を越えてくれない人は好きじゃないんです。どんな形でもぼくの想像を裏切ってくれないと駄目なんです。

脚本家は「台本の通りに」という方が多いですよね。

■吉川:ぼくは逆なんですね。句読点だとか、台本書くのはぼくなので、当然そういう計算もあるんですよ。点々の長さだったり、句読点だったり、間の取り方だったり、色々計算はしてるんですよ。でもそれ通りにはやって欲しくない。その通りにやったら俺が思っているものしか出来ないって思ってますね。俺が思っているよりも面白いものが出来なければ、それはつまらんだろうと。

もし台本通りのものが出来上がった場合、それでは満足できない。

■吉川:それはそれで満足するかもしれないけど。難しいのは、台本通りでも、自分が良いと思っていれば良い訳で。でもやっぱり一工夫欲しいなと思いますね。これはぼくのエゴなんですけど、全ステージ同じものは嫌なんです。全部違うほうが面白い。そのほうが芝居を観に来ている実感があるんじゃないかって。

ライブ感というか、生のものを大事にしているのですね。

■吉川:初日観に来て、次の日観に来たら全然違うじゃねーかこれっていう。でもそれはそれでいいじゃないかと。そういう受け取り方もあるんだなって。そういう感じ方もあるんだなって。

公演始まってから、演出を変えてしまうこともあるんでしょうか。

■吉川:台詞をちょこちょこと変えることはありますよ。きっかけ云々はスタッフさんが嫌がるから変えませんけど。自分は出てるか観てるかのどちらかなので、「あ、この台詞、ここはこうしたほうがいい」と思ったら、「悪いけど、次のステージからこの台詞変えてくれ」って言いますね。

驚きです。脚本家の多くは「書いた通りに」って言いますから。

■吉川:俺はそこまで自信がない(笑)。と言いますか、自分たちの作っているものに自信がある。ひとりのものじゃないなって、いつも思ってますね。

そこに自信がある。

■吉川:俺の集めた皆は面白いぞ、というのは思ってますね。

演出上で気をつけていることはありますか。

■吉川:型に嵌めない。

先ほどの話と通ずるものがありますね。

■吉川:悲しい演技をして欲しい時に、わからない、と言われた場合、こういう風に思うじゃない、という説明はできます。けど、そう思う人もいるけど、お前はどう思ってる、って。こう思っている人がいるけど、別にそうしなくてもいいから、自分が思っている通りにやってみなって。ただ、迷ってるんだったらやらないでって。

演出家と相談しながら作り上げていくことに関してはどうでしょうか。

■吉川:迷っている人がいたら、その迷いにはとことん付き合いたいとは思っています。分からないことがあったらどんどん聞いてもらって。ぼくが答えを出さないこともあるんです。逆にどう思う、どうだったら納得できる。一番大事にしたいのは役者が納得する形を探すことです。だから演出してると、こいつ納得してねーな、というのはすぐ分かります。

役者に求めるものはありますか。

■吉川:心構えとしては柔軟性でしょうね。こう言って、わたしはこう思うって、それで喧嘩してもいいんですけど、そこでそうなんだって納得できたり、わたしはこう思うんだって素直に出せる柔らかさは必要ですね。後は演出家に勝てる発想力。そんな発想されたら、お前のほうがすげーじゃん(笑)。

演出家の言う事をただ聞くだけでは物足りない。

■吉川:そうですね。疑問は持って欲しいですね。演出家の言う事に納得していればいいんですけど、素直にスルーされると、ちゃんと聞いてるのかなって。俺、いま変なこと言ってるけどって。

作品をいくつか観させていただいたのですが、舞台と客席の境界線を明確に引いていないという印象を受けたのですけど、その辺は意識されていますか。

■吉川:ぼくの作る芝居は日常会話劇なので、なるべくならラインは引きたくないんですね。一番理想なのはお客さんが壁である状態。

壁。

■吉川:壁として。ぼくは何故だか部屋の芝居しか書かないんです。それは別に意識してる訳ではないんですけど。とすると、部屋の壁が一番近いから、そこから中で起こることを観ていて欲しいなって。あんまり明確に境界線を書き過ぎると、どこか自分と遠いものだなって思ってしまうので嫌ですね。日常会話劇だから、それはそのままあなたの生活に繋がるじゃないっていうことですね。

役者が居るその場に居て欲しい?

■吉川:そうですね。その場を覗き見して欲しい。臨場感があるじゃないですか。

じゃあその辺の境界線に関することはかなり意識されているんですね。

■吉川:結果的になっちゃってますね。

客入れの最中にも舞台上に役者を配置されてますよね。その辺に関する意図はありますか。

■武田:最近だよね。

■吉川:最近だね。昔はやってなかった。

何故やるようになったのでしょうか。

■吉川:日常的に起こり得ることが起きているというのは思って欲しい。より観に来てくれている人の生活に密着したいから、本当に生きてる人が、たまたまそこの劇場に生活していて、それを観て、自分の生活にも繋がっているんじゃないかって思って欲しいんでしょうね。観てる芝居が、自分とは関係ない話だなとは思って欲しくない。ハリウッド映画とか観ても、自分の生活とは関係ないじゃないですか。銃乱射しないし。怪獣出ないし。でも、ぼくのやる芝居の中では、これはわたしの生活の中にもあるな、わたしの過去とか、もしかすると未来にあるかもしれないなって思って欲しい。

青春の部屋

既に話が出てしまいましたけど、脚本書くうえでのアイデアはどこから生まれているのでしょうか。

■吉川:先程のまんまですね。役者から貰っています。

先程の話では、日常生活や仕事から、という話もありましたが。

■吉川:それは、基本的にぼくは自分の経験しているものしか書けないので。そういうことに密度を感じる。なら自分の仕事のこととか、自分の交友関係だったりを。ぼくの書く話では親の話が多いですね。家族とかそういう一番近い人の話を書きます。自分の生活の中でその人たちと関わってきて、その人たちになんらかのことを感じている訳ですよね。この人面白いなとか、この人たち、なんて不器用なんだろうとか。この人たち、凄い喧嘩してるなとか。そういうことを芝居にして、そういう日常に、観に来ている人たちに気付いて欲しい。日常はそんなにくだらなくないんじゃないか。もっと面白くないか、日常って。だから日常会話やってるんだろうなあ。

公演タイトル、面白いのが多いですよね。1回目は。

■吉川:『日本の食卓〜倒せ!鍋奉行〜』。

それも家族の話なんでしょうか。

■吉川:家族の話ですね。家族の中にヒーローが生まれて、家族がバラバラにされるんだけど、鍋を囲むことによって復活する、って話だったような気がします。

■武田:書いた本人なのに(笑)。

『群青の部屋』は格好良いタイトルですよね。

■吉川:ありがとうございます。

でもなにが『群青の部屋』なのか分からず終いで。

■吉川:出て来る人間が皆青いなーって。青が群がっている部屋なんですよ。

■武田:青春ですよね。

■吉川:『青春の部屋』って書くとなんか嫌じゃないですか。

やっと納得しました(笑)。

人はそんなに遠くない

吉川さんが演劇をするうえで、もっとも描きたいことはなんでしょうか。

■吉川:それは人間の温かさでしょうね。それと身近さ。わたしは孤独だ、みたいな人に「本当は孤独じゃないよなお前」と。本当の孤独ってそんなことじゃない。コンビニ行けば人に会えるじゃん。人はそんなに遠くない。だから日常に気付いて欲しいなってことなんです。

そういう発想に繋がるというのは、吉川さん自身にそういう経験があったからでしょうか。

■吉川:以前、とても辛いことがあって。でも仕事やらなくてはいけなくて。一応仕事はやっているんですけど、心ここに非ずという感じで。そんな時、ずーっと黙って一緒に居てくれた友達がいたんです。俺はそれでだいぶ救われて。そこからかなり持ち直したってことがあって。人って居るだけでいい。

その経験が今の脚本、演出に繋がっているのでしょうか。

■吉川:あるでしょうね。人との距離に弱いというのはあります。近くても難しい時はあるし。逆に良い時もあるし。

最後に、電光石火一発座の見所を教えてください。

■吉川:温かさは絶対にあると思うんです。観て、人間を好きになれると思います。悪い人は出ないですから。

■武田:馬鹿な人はよく出るね。

■吉川:あ、それも愛すべき人間って感じで。愛すべき馬鹿(笑)。

武田さんは2回目の公演からの参加ということですが、どうして電光石火一発座に入ろうと思われたのでしょうか。

■武田:高校で演劇をやってて、卒業した後も、演劇をやりたかったんですけど、いきなりどこかに入るのはなかなか難しいので、とにかく観ようって、手当たり次第観てたんですよ。そこに電光が引っかかって。この人たちいいなって。純粋に楽しめたんです。本当に爆笑できて。空気がとても温かかったので。一緒にやりたいなって思って。そして実際入ってみて、居やすいなって。それはお芝居にも出てるのかなって思いますね。あんまり喧嘩しないよね。

■吉川:しないね。

稽古場は凄く楽しそうでしたね。

■吉川:基本的に怒らない。

気が合いそうです。

■吉川:ぼくも話していて凄く楽しいです。

今日はお時間を頂きありがとうございました。

■吉川・武田:ありがとうございました。